移設承認取り消しなら1000億円返却を


普天間基地移設 経緯の検証と提言(1)

万国津梁機構・一般社団法人 仲里嘉彦理事長

 沖縄県の翁長雄志知事は、普天間飛行場の移設先名護市辺野古沿岸部の埋め立て承認取り消し表明をしたことで政府との対立を深めている。

 だが、政府は辺野古への移設条件としてすでに平成12年度から同21年度までの10年間に1000億円弱を北部振興事業に投入した。もし翁長知事が承認を取り消すとすれば、信義上からも倫理上からも問題がある。そこで普天間基地移設問題に関する経緯を検証しつつ、提言をしたい。

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 なかざと・よしひこ 昭和13年、沖縄県本部町生まれ。国士舘大学政治・経済学部中退。37年、産業新聞入社。同社那覇支局長。48年、沖縄産業新聞創刊社長。57年、㈱春夏秋冬社創立社長に就任。58年、月刊「自治新報」創刊。平成23年、万国津梁機構・一般社団法人設立理事長に就任。著書に『仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザイン』ほか多数。

 橋本龍太郎首相とモンデール駐日米大使との共同記者会見が行われたのは平成8年4月12日だった。普天間飛行場を5年~7年の間に沖縄県内の既存の米軍基地に移設することを条件に、全面返還することを表明した。この日米合意から来年4月には20年を迎える。

 ところが現在でも、日米両政府が普天間飛行場の移設先を名護市辺野古としているのに対し、沖縄県側は県外を主張し、両者は真正面から衝突する事態となっている。

 普天間飛行場の移設候補地については、これまで各地域で活発な誘致運動も展開されたが、平成11年11月22日、稲嶺惠一沖縄県知事(当時)は移設候補地として、「キャンプ・シュワブ水域内沿岸域」とすることを表明した。

 稲嶺知事の移設受け入れ条件としては、周辺地域の振興や地域住民の生活および自然環境の影響に十分配慮し、代替施設は軍民共用空港とし、施設利用については15年の期限を設けることなどだった。

 さらに同年12月27日には岸本建男名護市長(当時)が普天間飛行場の代替施設受け入れの表明を行った。受け入れの条件としては、安全性の確保や位置の選定に当たっては自然環境への配慮、日米地位協定の改善、基地使用協定、基地の整理・縮小等を掲げた。

 その翌日の28日、政府は普天間飛行場の移設に関する政府方針を閣議決定。それを受け政府、沖縄県、北部12市町村の3者が移設先となる北部地域全体の振興のあり方を協議する中で、振興事業実施の必要性が認められたのである。

 具体的には、北部振興事業は平成12年度から公共事業、非公共事業とも年それぞれ50億円とし、年合計100億円を平成21年度まで行うことになった。10年間で1000億円が投入されることになったのだ。しかも、非公共事業の補助率は90%で、残り10%は交付税で措置された。また、公共事業の補助率は各公共事業の沖縄県のかさ上げされた高率の補助率が適用された。

 つまり、この支援目標を掲げて事業が進められてきたのだが、この10年間で公共事業は364億1300万円、非公共事業は545億6400万円、合わせて909億7700万円にとどまった。

 このように、県知事および北部12市町村長が政府と協議し、普天間飛行場の名護市辺野古への移設を受け入れる条件で北部振興事業が実施された経緯からすると、現知事が県外移設を主張するなら当然のこととして、これまで北部振興事業に投入された事業費は国庫に返却するのが筋ではないか。

 なお、平成22年度以降も新たな北部振興事業として、県が策定主体となり、国が支援する形で平成22年度、23年度はそれぞれ70億円、平成23年度、平成24年度、平成25年度はそれぞれ50億円、平成26年度および平成27年度はそれぞれ51億4000万円の予算が計上されているのである。