シンポ「漆と社会の繋がり」、漆芸の喜びと夢語る
県輪島漆芸美術館で開催中の「漆芸の未来を拓く」で
石川県輪島市の県輪島漆芸美術館で開催中の「漆芸の未来を拓く―生新の時2015―」で、大学や大学院で伝統工芸の漆芸を学び、この3月に卒業および修了した学生が作品を発表している(6月29日まで)。個性豊かでみずみずしい感性の作品が漆芸の世界に新風を吹き込むと好評だ。このほど行われたシンポジム「漆と社会の繋(つな)がり―大学におけるものづくりの在り方―」では、出品者が卒業後の方向性、制作方法などについて意見を交した。(日下一彦)
東京藝大、金沢美大など参加
卒業後の方向性で意見交換
同展は今年で8回を数える。東京藝術大学、京都市立芸術大学、金沢美術工芸大学、金沢学院大学、富山大学、広島市立大学、東北芸術工科大学の7大学から56点が出品。先月末のシンポジウムでは広島市立大学の大塚智准教授がコーディネーターを務め、各大学の出品者代表が話し合った。
金沢美術工芸大学の豊海健太さん(大学院博士後期課程)は現在、ギャラリーや百貨店などで個展を開き、漆芸作家として自立を目指している。油絵や水彩をやりたくて同大に入ったが、学部2年生から漆芸を専攻。「漆は色彩、発色が制限され、蒔絵(まきえ)や沈金(ちんきん)などの技法習得にも時間がかかり、漆でどのように絵を描けるかとても悩んだ」と振り返った。暗中模索する中で、「漆でしかできない可能性を見い出した」という。
出品作の「界-seeds・growth・end-」は3枚の大型パネルで現実と非現実の世界を抽象的に描いている。今後、年一回個展を開き、企画展も開きたいと夢を膨らませる。
高校教員を目指す富山大学の各務春菜さん(修士課程)は、生徒に漆芸の良さを教えたいと意欲的だ。「授業の中で、短時間でも漆芸作品を鑑賞したり、漆の良さを取り上げて興味を持ってもらいたい。卒業後の進路に、漆芸を選択したいという生徒が増えてくれるのが夢です」と語る。
出品作の「漆塗三面万年カレンダー」は曜日や日を示すだけでなく、締め切りや記念日など特別な日をカウントダウンできるように工夫され、置くだけのカレンダーではなく、毎日の生活に密着したいとのこだわりがある。シナ合板やブリキ板、ヒノキを素材に、黒漆を塗り、卵殻(らんかく)、呂色(ろいろ)などの技法を駆使している。
東北芸術工科大学を卒業した森秀達さんは、高校時代、剣道をやっていた。防具の胴に使われていた漆の実用性と美しさに魅かれて漆芸に取り組んだ。大学の裏手にあった漆の木で直に漆を掻(か)いて使い、その過程で漆芸作品への愛着、喜びを一層感じるようになったという。
出品作の「静」は漆と麻布、貝を使い、乾漆(かんしつ)、蒔絵、螺鈿(らでん)、呂色の技法による三角錐の形の花器だ。「部屋に花を生けた際に、景色に溶け込んでいくような作品を目指した」と説明している。現在、同美術館の隣に建つ石川県立輪島漆芸技術研修所に入学し、きゅう漆技法を学んでいる。
東京藝術大学の田中館亜美さん(修士課程)は一般大学を卒業後、一旦IT企業に就職したが、展覧会で漆芸作品を見て深い感銘を受け、その作家が同大の先生だった縁で入学した。出品作の「―天寿復萌(てんじゅふくほう)―定家葛(ていかかずら)―」は漆と木、銀粉で研出蒔絵、平蒔絵の技法で、定家葛が力強く咲く姿を描いた。「漆の魅力はツヤ、奥行きなので、それをストレートに伝えたい」と制作意図を説明した。社会活動にも積極的に参加し、昨年、宮城県の鳴子漆器の産地で開かれたシンポジウムでは、漆芸の将来像についてパネラーとして発言している。
京都市立芸術大学の金俊来さん(博士課程)は韓国出身で、学部時代に漆に興味を持ち、漆芸の先生のアトリエで作業させてもらった。「漆の持つ魅力と東洋の空間の持つ空気感を生かした作品を制作していきたい」という。制作のテーマは、「産業革命以降の機械、ロボットなどのメカニックのイメージを生かした作品づくり」だそうで、出品作の「ハックルベリー・フィン」は一時代前の機械を彷彿(ほうふつ)させる。「卒業後は韓国に戻って作家活動を続けたい」と語り、「余裕があれば、漆の良さをヨーロッパやアフリカの子供たちにも伝えたい」とも。
広島市立大学の吉田真菜さん(修士課程)の「uru-pen」はユニークだ。学部2年生の時、きゅう漆技法に取り組み、「漆のかたまりを作る大変さ、何回塗っても終わらない苦痛に耐えた後、漆のかたまりを削るのが快感になった」という。それを誰にも身近に体感してほしいというのが制作の動機となっている。作品は鉛筆の芯に彩漆を約85回塗り重ねて、一本の持ちやすい太さの鉛筆に仕上げ、それを削ると赤や緑、黄色、青などカラフルな削りカスになる。「大人から子供までが楽しめる仕様になっています。時間が経つにつれて削り心地も変化します」という野心作だ。
大塚准教授は「漆に携わる教育機関として、今後、どのように社会と関わっていけばいいか、その片鱗でもお互いに考えるきっかけになったのではないか」と総括した。