スマホ依存、無意識のコピペに警鐘
信州大学長と東大教養学部長の式辞話題に
大学の卒業と入学のシーズンがほぼ終了した。今年は信州大学の入学式で「スマホ依存症」からの脱却を迫った山沢清人学長のあいさつと、東京大学教養学部の卒業式(学位記伝達式)で「無意識のコピー&ペースト」に警鐘を鳴らした石井洋二郎学部長(当時)の式辞が話題を呼んだ。いずれもネットを通して未検証で刺激的な情報が氾濫する中、いかにして独創性を発揮するかという問いへの実践的な処方箋だ。学術論文の不正が相次ぐ大学・研究界だけでなく、数々の誤報・虚報で多くの禍根を残してきたマスコミにとっても他人事ではないようだ。(武田滋樹)
自分で考える「健全な批判精神」強調
「『スマホやめますか、それとも信大生やめますか』。スイッチを切って、本を読みましょう。友達と話をしましょう。そして、自分で考えることを習慣づけましょう。自分の持つ知識を総動員して、ものごとを根本から考え、全力で行動することが、独創性豊かな信大生を育てます」
山沢学長のあいさつは、その印象的な二者択一の問いで有名になったが、その根底にあるテーマは「独創性」(個性と創造性)を育てることだ。
まず個性を発揮するとは、「問題や課題に対して、常に『自分で考えること』を習慣づける、決して『考えること』から逃げないこと」と強調。また、創造性を育てるためには「時間的、心理的な『ゆとり』」が必要であり、自分の時間を有効に使う方策として、①学び続ける②新しい場所を訪ねる③新しい人に会う④新しいことを始める⑤感動を多くする――という五つを挙げた。
その上で、「(アニメやゲームなどで無為に時間を潰す)スマホ依存症は知性、個性、独創性にとって毒以外の何物でもない」と強調し、その後に、冒頭の言葉が出てきた。
東大の石井氏は、1964年3月、東大の卒業式で当時の大河内一男総長が「肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ」と言ったという語り伝え(一種の伝説)には、「三つの間違いが含まれており、ただの一箇所も真実を含んでいない」と指摘。毎日触れる情報、特にネットに流れる雑多な情報の大半がこの種のものであると思った方がいいと警告した。
三つの間違いとは、①これが大河内氏の言葉ではなく、19世紀イギリスの哲学者J・Sミルの『功利主義論』からの引用である②ミル自身は「満足した豚であるより、不満足な人間であるほうがよい。満足した馬鹿であるより、不満足なソクラテスであるほうがよい」(日本語訳)と書いており、大河内氏が別の文章に改変してしまった③大河内氏がこの部分を読み飛ばしているのに、マスコミが草稿に基づいて報道したので事実無根の語り伝えが残った――ことだ。
石井氏はこのように“伝説”を丸裸にした上で、ネットの普及につれて「あやふやな情報がいったん真実の衣を着せられて世間に流布してしまうことで、批判精神が知らず知らずのうちに機能不全に陥ってしまう事態がますます顕著になっている」と強調。こうした悪弊を断ち切るため、あらゆる情報の真偽を自分の目で確認し、必ず一次情報に立ち返って自分の頭と足で検証する「健全な批判精神」こそが必要と訴えた。
さらに、学術論文での意図的な引き写し以上に厄介なのは「自覚せずに他者の言葉を反復してしまうこと、すなわち『無意識のコピー&ペースト』」だと指摘。その最も有効な克服法として「ひたすら本を読むこと。書物という言葉の海に全身で飛び込み、必死にもがきながら自力で泳ぎ渡ることによって、はじめて人は自分だけの言葉を鍛え上げ、自分だけの思考を紡ぎ出すことができる」とした。
大河内一男・東大総長の「やせたソクラテスたれ」発言伝説の報道
1964(昭和39)年3月28日、東大の第90回卒業式での、当時の大河内一男総長の告辞内容に関する主要紙の報道は以下の通り。
同日付の朝日新聞夕刊は「“やせたソクラテスたれ”/東大卒業式・大河内学長告辞」という2段見出し・写真付で、「昨年暮れ就任した大河内学長にとってはこれが初の卒業式で、大要つぎのような告辞を述べた。
…むかしJ・Sミルが『ふとったブタになるよりはやせたソクラテスになりたい』といったことがある。いまの社会のひずみから目をおおってふとったブタの栄誉に安住するよりは、たとえ身はやせても信念に生きることが人間らしいのだ。卒業生の諸君がやせたソクラテスになる決意をしたとき日本は本当に良い国になるでしょう」と報じた。
同日付の読売新聞夕刊も9面トップで、「やせたソクラテスになれ」という地紋付の横大見出しと「東大の卒業式で」「大河内学長説く」の縦見出し2本で写真を囲む形をつくり、本文の中で「初登場の大河内一男学長。東大卒のエリート意識をのっけから批判し『新しい時代の新しい指導者』のあり方を説いた」としながら、最後に「大河内学長の告辞(要旨)」として朝日と類似した内容を報道した。朝日と読売の報道はいずれも引用符がついておらず、事前に配られたペーパーだけをもとに「大要」や「要旨」をまとめたものと思われる。
一方、同日付毎日新聞夕刊は11面に写真付、「信念のとおり歩け/東大卒業式 大河内学長が告辞」との3段見出しで、「大河内学長は告辞で『過去の大日本帝国を指導した本学卒業生の道を歩んでほしくない。自分の信念を貫くことによって人生の出世街道からはずれたとしても、すべての日本人がそうなれば日本は本当によい国になるだろう』と卒業生に呼びかけた」と報じた。大河内氏の発言に引用符がついているので、これは実際に語った内容に基づいた報道であるようだ。