卒業生の力作が来館者魅了 人間国宝の技の伝承者を研修所で養成
石川県立輪島漆芸技術研修所は創立47年を迎える
金沢市の中心部しいのき迎賓館で、石川県立輪島漆芸技術研修所(輪島市)の卒業生による作品展が開かれている。同研修所は重要無形文化財保持者(人間国宝)の技術の伝承者を養成する施設で、会場の1階ギャラリーBには、高度な漆芸の技を継承しようという研修生の力作が並び、来館者の心を引きつけている。(日下一彦)
金沢市のしいのき迎賓館で
今春、同研修所の特別研修課程を卒業し、さらに上級の普通研修課程へ進学する研修生や普通研修課程を終えて作家活動を目指したり、輪島塗の職人に就業するなど、それぞれ新たにスタートする卒業生21人の力作が並んでいる。
作品を鑑賞していくと、担当した講師の寸評が添えられている。モチーフや作風、技法などが簡潔に解説され、それを読むと、作品に込めた研修生の思いとともに、彼らを見守る講師陣の姿が連想されて興味深い。作品は庭先に咲く草花や動物など身近な素材を扱ったり、自然豊かな能登の海を描いたりと、どれも個性豊かで高度な技法に挑戦した足跡が刻まれている。
学科は2年制の特別研修課程と3年制の普通研修課程があり、特別研修課程では漆工品制作に必要な基礎から作品づくりまで幅広く学び、技術の修得を目指す。未経験者であっても入所できる。普通研修課程は基礎技術の修得者を対象に、●地(そじ)、◆漆(きゅうしつ)、蒔絵(まきえ)、沈金(ちんきん)の各技法で認定を受けた人間国宝に直接指導を受け、実技中心となっている。茶道、華道、工芸史、書道、デザインなどの特別講義も組まれている。
講師陣をみると、所長の前史雄氏(沈金)を筆頭に、主任講師には川北良造氏(木工芸)、小森邦衞氏(◆漆)、北村昭斎氏(螺鈿(らでん))、室瀬和美氏(蒔絵)ら9人の人間国宝が名をそろえる。これに作家や職人らその道の専門家が教え、職員は総勢55人。研修生とほぼ同数とあって、きめ細かな指導が行き届いている。
作品を幾つか紹介しよう。専修科(特別研修課程)2年の川村洋平さんの蒔絵盛器「岩礁(がんしょう)」は、研修所近くの鴨ケ浦海岸に何度も足を運び、波や岩のスケッチを積み重ねて構図を仕上げた。「荒々しい能登の冬の海を表現出来た作品に仕上がっている」と講師評。岩に砕け散る波が巧みに描き込まれている。
◆漆科3年の落合美和さんの典礼箱(てんれいばこ)「天平」は、黒漆の床脚(しょうきゃく)に格狭間(こうざま)を設け、透しのある蓋(ふた)を被(かぶ)せた。その中に、それぞれ異なる朱色の三段の重箱と懸子(かけご)一枚を付けている。講師評には「作者は正倉院展を見学し、その美しさに引かれ制作し、題名を『天平』とした」とあり、制作動機を紹介している。同じ朱色でも、日本の伝統色の微妙な違いを的確に表現し、漆が持つ奥深い輝きが鑑賞できる作品だ。
沈金科3年の佐藤瑚雪さんの沈金箱「静」は、谷川の澄んだ水に山椒魚(さんしょううお)がゆったりと泳ぐ様を描いた。色漆象嵌(ぞうがん)を用いて二層の透明感を出し、沈金技法の特性を生かし臨場感たっぷりだ。「彫りの荒さも見えはするが、加減の難しさに挑戦した作品で、個性の発揮が見える」との評を得ている。
蒔絵科3年の新出淑恵さんの蒔絵色絵箱「はつなつ」はデザインが斬新だ。ネコをシルエットにして研ぎ出し蒔絵の技法で柔らかく仕上げている。「暖かい日ざしに誘われて、一匹の猫が佇(たたず)んでいる情景を思い浮かばせる。構図も大胆で、おもしろい作品になっている」。
同研修所は昭和42(1967)年に輪島市立として開設、同47年に県に移管され、今年で創立47年を迎えた。人間国宝の高度な技の継承とともに、漆芸技術の保存育成、調査研究、資料収集などの事業も行い、香川県高松市の香川県漆芸研究所とともに、日本の漆芸技術を継承する上で欠かせない施設だ。卒業生は765人(昨年3月末現在)を数え、日本伝統工芸展や日本美術展などの中央展に延べ241人が入選を果たしている。
授業料、入学金は不要で、特別研修課程では材料費が年間3万円程度かかる。普通研修課程は学科によって異なり、筆や専用のカンナなどを自前でそろえると数万円程度かかる。
当初は地元職人の入所が多かったが、近年は漆の魅力に惹(ひ)かれ、全国から来ており、韓国、中国など外国人の姿も見られる。卒業後は、漆芸作家や輪島塗の職人、日光東照宮など文化財の修復作業などの仕事に取り組むという。同展は4月2日まで。
●=木へんに素 ◆=髪の友を休に