大学卒業生が作品に込めた思い
シンポ「Urushiが教えてくれたこと」
大学や大学院で漆工芸を学び、今春の卒業および修了を機に制作した作品について、その動機や漆との関わり、苦心談などを語り合うシンポジウムが石川県輪島市の県輪島漆芸美術館で開かれた。彼らは4年間ないし6年間、漆と真摯(しんし)に向き合い、若い感性を磨いてきた。漆との出会いはかけがえのない貴重な体験となったようだ。(日下一彦)
石川県輪島市の県輪島漆芸美術館
かけがえのない貴重な体験語る
「Urushiが教えてくれたこと」をテーマに開かれたシンポジウムは、同館で開催中の「漆芸の未来を拓(ひら)く―生新(せいしん)の時2014―」(今月14日まで)の関連行事として開かれた。同展には金沢美術工芸大学、金沢学院大学、富山大学、東京藝術大学、京都市立芸術大学、東北芸術工科大学、広島市立大学の7大学から37作品が出品。シンポジウムでは出品者の中から19人が出席し、それぞれの思いを語った。
展示作品は、蒔絵(まきえ)箱や乾漆(かんしつ)の器、黒漆の飾棚など伝統的な技法を継承した作品から素材に発泡スチロールを使い、乾漆技法で仕上げた身の丈もある大型のオブジェまで様々。どの作品も斬新で若い感性がほとばしる。
同館館長で漆器文化研究の第一人者・四柳嘉章さんは「漆の文化は9000年の伝統があり、日本人の精神文化の形成に大きな役割を果たしています。皆さんの吹き起こす新しい風とのせめぎ合いを楽しみにしています」とあいさつした。
「漆は創り手が向き合う姿勢の通りに返ってくる。一生懸命手をかけると、美しくなり素直な素材です」と報告した富山大学の小池彩佳さん。巻貝をモチーフに乾漆で投影器を作り、それにプラネタリウムを取り付けた。子供の頃から宇宙や星座が大好きだったといい、灯(あか)りを消すと天上に星座が映し出される仕組みだ。ケヤキの素地にIDクレイ(軽量油土)を用いて乾漆の表現の幅を広げるなど、新たな試みにも挑戦している。
蒔絵箱を制作した金沢学院大学の齊藤誠人さんは、「漆の箱は空間を華やかにしてくれます」とその魅力を語り、モミジやサクラの花びらを模様に散りばめた。それらを美しく引き立てるため、ゆったりとした渦状のラインを施し、鑑賞者が花びらの渦に引き込まれるようなデザインに仕上がっている。
「漆の良さを広めたい」との思いを持つ東京藝術大学の西澤絵理子さんは、物が置ける実用的なオブジェを蒔絵と螺鈿の技法で制作した。クスノキでツバキの花びらを彫り、5枚縦に並べて径、高さとも101㌢あり、喫茶店などに置くと引き立つという。「漆はいろいろな素材に適合する柔軟性があるので、私も柔軟な思考力が養われました」と振り返った。
京都市立芸術大学の柞磨祥子さんは、「漆の深みのあるツヤを活(い)かしたい」と、発泡スチロールを素材に乾漆と呂色上げの技法で、2㍍の高さから粘り気のある漆が糸を引くように、左右に延びるオブジェを完成させた。「漆はどのくらいの温度でどの程度乾くのか、論理的に考える必要があり、一貫してそういう体験ができました」と感想を述べた。
漆芸の制作は毎日の手作業がすべてだが、東北芸術工科大学の五月女晴佳さんは螺鈿に挑戦し、高さ115㌢の丹頂鶴をモチーフにした花器を制作した。螺鈿は卵の欠片(かけら)を貼り合せる気の遠くなるような作業の繰り返しで、1日10㌢四方がせいぜい。それを2体創った。「研ぐ時も乾ききっておらず、剥(は)がれ落ちることもありました」と苦心談を披露。制作を通して「物事を順序立てて効率的に考える習慣が身に付きました」と話した。
また、4年間漆の山に入って漆掻(か)きを体験した東北芸術工科大学の堆朱杏奈さんは、「4日ごとに一滴一滴漆を掻き取り、それを乾かしたり、漉(こ)したりして、とても達成感がありました。太古の人たちが神に感謝した精神が分かり、踊り出したくなりました」と感慨深げだった。ケヤキやサクラを素材に椀(わん)やカップソーサーなどの食器を制作し、それを喫茶店などで使ってもらい、東日本大震災で被災した人たちと交流を深めている。
広島市立大学の小川恵さんは当初、どんな作品を作ってもうまくいかず行き詰まったという。そこで漆の持つ素材としての意味を問い直し、形状や塗膜が時間の経過とともに、微妙に変化することをそのまま作品に取り入れた。乾漆と呂色上げの技法で径100㌢の漆黒の器を完成させた。置かれた環境によって緩やかな曲線を作るなど、豊かな表情を見せるようになったという。
コーディネーターを務め、自身漆芸作家でもある金沢学院大学教授の市島桜魚さんは「漆と向き合い、そこで葛藤しながら作品を仕上げたことに意義があります。それぞれの体験を今後の人生に生かして欲しい」とエールを送った。






