漆芸作家を目指す研修生の力作が並ぶ作品展
石川県立輪島漆芸技術研修所の卒業生が製作した28点展示
伝統工芸の漆芸を学ぶ石川県立輪島漆芸技術研修所(輪島市)の卒業生による卒業作品展が、このほど金沢市の「しいのき迎賓館」で開かれた。今回で53回を数え、会場の1階ギャラリーAには、高度な技を習得し、作家を目指す研修生のみずみずしい力作が並び、来場者の感動を呼んだ。(日下一彦)
減少傾向にある人間国宝、重要無形文化財保持者の伝承者
卒業生の高度な技法に感動した来場者からは驚きの声も
同研修所は、減少傾向にある重要無形文化財保持者(人間国宝)の高度な漆芸技術の伝承者を養成する施設で、2年制の特別研修課程と3年制の普通研修課程から成る。特別研修課程は基礎から作品作りまでを幅広く学び、未経験者でも入所できる。高校や大学で漆芸に触れた研修生が多い。1年目は漆芸全般を学び、2年目に専門に入る。
漆芸を教える研修所は、輪島市ともう一つ、香川県高松市の県漆芸研究所の2カ所あり、研修生は全国から来ている。輪島には今年3月の卒業時点で49人が入所し、中国や台湾からの研修生も数人学んでいる。
特別研修課程では毎年10人前後を受け入れ、女性が圧倒的に多く、男性は一割程度という。卒業生の半数余りが普通研修課程に進学し、残りは地元に帰って漆芸関係の仕事に就く場合が多い。カリキュラムには「幅広い視野に立って創意工夫するベースとなるように」と、茶道や華道、書道、日本画、デザインなど芸術の一般教養も盛り込まれている。
一方、普通研修課程は基礎技術の修得者を対象に、さらに高度な専門技術を学ぶ。榡地(きじ)、髹漆(きゅうしつ)、蒔絵(まきえ)、沈金(ちんきん)の四つの学科があり、各分野の人間国宝から直接指導を受け、技術面はもちろん、独創的な作品をいかにして仕上げるかが指導される。
指導する講師陣は所長の前史雄氏(沈金)を筆頭に、主任講師には川北良造氏(木工芸)、小森邦衛氏(髹漆)、北村謙一氏(螺鈿〈らでん〉)、室瀬和美氏(蒔絵)ら10人の人間国宝が名をそろえる。講師陣の中でも、伝統工芸展などに出品している作家も多い。また、職員は研修生とほぼ同数とあって、きめ細かな指導が行き届いている。研修生は各学科5人だが、漆器産業を取り巻く状況が厳しいので、入所してくる研修生は減少傾向にある。
展示会場には特別研修課程に学んだ7人と普通研修課程の7人のうち、1人3点の計28点が展示された。各作品には担当した講師陣の寸評が添えられ、モチーフや作風、技法なども簡潔に解説されており、鑑賞の手ほどきになっている。
蒔絵科の講師の浦出勝彦さんの案内で、幾つかの作品を解説していただいた。髹漆科の中村奈央さんの「宇留美床脚箱(うるみしょうきゃくのはこ)」は、床脚の付いた中が二段の箱になっている。床脚部分は黒柿造りで漆をかけず素朴なままで、箱は潤漆(うるみぬり)と呼ばれる高度の技法を用いて光沢がある。そのコントラストが絶妙だ。浦出さんによれば、工程だけで24あり、塗りは100回以上かけた丁寧な仕上げで、「根気と忍耐のかかった作品」という。会場を訪れた中村さんの高校時代の友人は、「一緒に漆芸を学んでいましたが、塗の技術の高さにびっくりしました」と驚いていた。
蒔絵科の米本有希さんの蒔絵箱「早春の彩」は白地に小花を散らし、微妙な色彩と形の変化で優しさを表し、深みのある作品に仕上がっている。特に花びらに螺鈿を一枚一枚配し、貝の白さが特徴的だ。父親が蒔絵師で、子供の時からその作業を見てきた。短大卒業後、入所した。この作品は(社)日本漆工協会の優秀賞を受賞している。
沈金科の福江里美さんの「沈金押絵短冊箱『巡合』」は、鳳凰の羽をモチーフに、模様は線・点彫りで表現している。担当した西勝廣講師の寸評には、「繊細な彫り詰めは相当難しい。習熟には根気と集中を養い基本鍛錬を必要とする」と記され、地道な繰り返しの手作業で仕上がっている。
専修科の藤原愁さんの「乾漆盛器『月虹(げっこう)』」は、題名の月虹とは夜空の月にかかる白色の虹で、幸せの前兆といわれている。担当した内野薫助講師は寸評で、「金粉を用い雲の表現もたくみ」と記している。巧みにウエーブが施された大作の器で、浦出さんは「曲げ物は狂いが生じやすいが、上手に仕上げている。変わり塗りの技法を使い、ぼかし部分の雰囲気が良く出ている。デザインもよく考えられている」と説明している。