共和幹部がトランプ氏支持
保守勢力の分断を回避
人種差別など暴言やまず
【ワシントン】夜が明けて、全米が驚いた。「どうなってしまったのか」と。
民主、共和両党は選挙を放り出そうとしているように見える。民主党は、かつてないほど人気のない候補を捨てて、その次に人気のない候補を指名しようとしている。ヒラリー・クリントン氏は最初から、あらゆる面で有利だった。資金、経験、認知度、夫の1990年代の成功の名残など、有利な材料ばかりだ。なのに、今週になるまで、目立たず、主流派でもない社会主義者を撤退させることはできなかった。社会主義に対して特に反発の強いこの国であるにもかかわらず。
バーニー・サンダース氏には一つ有利な点があった。伝えたいメッセージがあることだ。クリントン氏にはそれがない。クリントン氏の7日の勝利演説は、内容もテーマもなく、何をしたいのか分からない。1年2カ月たつというのに、1979年にテッド・ケネディに向けられたことで知られる「なぜ大統領になりたいのか」という疑問への答えを示していない。
共和党は誰を出すのか。候補者は17人いた。これだけいながら誰も、瀕死(ひんし)状態のクリントン氏を倒せなかった。愛されず、信頼されず、連邦捜査局(FBI)の捜査の対象になっているにもかかわらずだ。
そればかりか、ドナルド・トランプ氏を指名しようとしている。バラク・オバマ氏はケニア生まれだとか、テッド・クルーズ氏の父親はリー・ハーベイ・オズワルドと交流があったとかと陰謀論を唱え、イラク戦争やリビア介入には反対だったとか、ニュージャージー州のイスラム教徒ら「何十万人」が9・11を祝ったとかと作り話をし、ウラジーミル・プーチン氏や天安門の殺人者のような独裁者を尊敬するような人物だ。
トランプ氏の乱暴な挑発的発言は絶えることなく、新たに発言が出ると、以前の発言は忘れられてしまう。恐らく最新の発言ではないが、「メキシコ人」連邦判事(と言っても生まれも育ちもインディアナ州)に対する攻撃は不当であり、民族性に対するトランプ氏特有の偏見からきたものだ。ライアン下院議長は、典型的な人種差別だとこの発言を非難した。トランプ氏の信奉者であり、副大統領候補となる可能性があるニュート・ギングリッチ氏でさえ弁解の余地はないと非難した。
これに対しトランプ氏は反発、米国内で信頼すべきでない相手として米国人イスラム教徒を加えた。
それでもトランプ氏は、党の指名を受けた。予備選で正々堂々と勝った。国民の意思だ。どう対処すべきだろう。
まず、国民がいつも正しいとは限らないとあえて言いたい。共和党はその可能性を認めている。でなければ、オバマ氏を選んだことが正しい選択だったということになる。しかも2度もだ。他国でそれ以上にひどい選択をした例は数多くあり、悲劇としか言いようがない。国民の選択は尊重すべきだが、正しいとは限らないということだ。
それを認めたくない共和党の指導者らの苦悩には同情する。私と同じように、トランプ氏に辟易(へきえき)している人は多い。だが、党指導者らには、私がおおっぴらに言っているように、トランプ氏に投票するなど想像もできないと言う自由はない。代わりとなる党はなく、党に対する責任があるからだ。
トランプ氏を受け入れるのは、トランプ氏を抑え込み、封じ込め、指導し、場合によっては教育もできるのではないかと考えているからだろうという人々がいる。私は、このような考えは全く無意味であり、欲得ずくばかりで動くものでもないと思っている。
ここでライアン氏について触れておきたい。ライアン氏は、トランプ氏に投票すると言って保守派から激しい非難を受けた。
しかし、驚くべきは、ライアン氏がこのような中途半端な格好でトランプを承認したことではない。これはライアン氏にとって不可避だ。選挙で選出された共和党の最高位の人物が、党が民主的に選出した大統領候補に一般投票で反対するなどあり得ない。本当に驚くべきは、ライアン氏がトランプ氏の承認を当初は拒否していたことだ。インディアナ州の予備選の後、周囲のほとんどの人々が無批判に臆面もなく、ライアン氏に歩調を合わせた。
最終的にライアン氏は休戦を求めた。何をしようとしたのか。争うのか、辞任するのか。それからどうするのか。共和党の保守指導部はどうなるのか。党内に恒久的な分断ができ、トランプ氏が11月に敗北した場合、ライアン氏はスケープゴートとして共和党の全保守勢力のせいにすることになるだろう。
ライアン氏に適切な選択肢はなかった。全生涯をささげてきた保守運動へのダメージを最小限にできると思う道を選んだ。私ならそうはしなかっただろうが、私は下院議長ではない。政治家として行動し、自身の行動の行く先を計算した。同情の余地はある。
いつの日か、このひどい1年にしたこと、言ったことについて釈明しなければならない時が来る。とりあえずは、それぞれの良心に従うまでだ。
(6月10日)