EU難民政策と集団婦女暴行事件


 欧州連合(EU)では今年も北アフリカ・中東から難民・移民の殺到が予想されている。昨年は100万人を超える難民・移民が欧州入りし、その収容問題で加盟国内で意見の対立が表面化するなど、解決の見通しが立たず、苦慮したまま新年を迎えた。

 EU28カ国の中でもドイツはシリア、イラクからの難民の最大の受入れ国だ。同国南部バイエルン州には新年に入って既に難民が殺到している。同州の与党「キリスト教社会同盟」(CSU)党首のゼ―ホーファー州知事は、「はっきりとした対策を取らない限り、今年は120万人以上になるかもしれない。ドイツは毎年、100万人の難民を受け入れ続けることは出来ない。10万人から最大で20万人ならば受入れ作業もスムーズに運ぶし、難民の統合支援も可能だ」と指摘、難民の最上限を明確に規定すべきだと強調している。

 バルカン・ルートから難民が殺到する隣国オーストリアでもファイマン連立政権の政権パートナー、国民党の中から難民受入れの制限を求める声が出てきた。同党のミッターレーナー党首(副首相)はクリスマス前、「収容能力からみて、わが国の難民受入れ最上限は9万人から10万人だ」と述べているほどだ。

 ドイツとオーストリア両国で与野党内から「難民受入れ制限」「難民受入れの最上限を決めるべきだ」といった声が高まってきたが、メルケル独首相もファイマン首相も受け入れの制限を意味する最上限の設定には難色を示してしきたが、両首相にとってバッド・ニュースが新年早々飛び込んできたのだ。

 ドイツで大晦日(昨年12月31日)、ケルン、ハンブルクなどの駅構内で多数の難民申請者を含む外国人が女性たちを集団暴行、窃盗したことが明らかになった。ドイツだけではない。オーストリアでもザルツブルク、スイスではチューリッヒでも同様の集団婦女暴行事件が発生しているのだ。いずれも難民、ないしは移民たちが関わっている。集団婦女暴行事件に難民申請者たちが関与していたというニュースは難民の受け入れを積極的に支持してきたメルケル、ファイマン両首相にとって大ショックだ。

 ドイツ連邦内務省は8日、ケルン駅周辺で発生した集団暴行事件の容疑者31人の身元が判明したと公表した。31人のうち18人は難民申請者だったという。

 メルケル首相が昨年8月末、「ダブリン条項を暫定停止してシリア難民を受け入れる」と発言したことが発端となり、シリアやイラクから大量の難民がバイエルン州に殺到した。

 与党内でメルケル首相の難民受入れ政策に批判の声が高まると、同首相は先月14日、与党「キリスト教民主同盟」(CDU)党大会で、「国民が感じることができる程度に難民の数を減少させなければならない」と述べ、「難民受け入れの最上限(Obergrenze)」こそ言及しなかったが、首相の難民受入れ政策に不満のCDUやCSUの議員たちに譲歩を見せたばかりだ。

 ドイツではケルン市駅周辺の外国人、難民申請者による集団婦女暴行事件を迅速に処理しなかったとして、同市のWolfgang Albers 警察長官が8日、辞任を表明したが、メルケル首相の難民政策に対して責任論が浮上してきても不思議ではない。

 もちろん、難民の最上限設定に反対してきたのはメルケル首相やファイマン首相だけではない。難民支援をする慈善団体やカトリック教会関係者もそうだ。ローマ法王フランシスコも難民の受け入れを西側諸国に求めている一人だ。

 ケルン市駅周辺集団婦女暴行事件が判明すると、同市カトリック教会関係者は、「婦女暴行事件を理由に難民全般を批判したり、ましてや難民受入れを拒否するようなことがあってはならない」と主張している。

 欧州の総人口は約5億人だ。難民100万人ぐらいは問題ではない、といった論理も聞く。全ての欧州諸国が公平に難民を受け入れるのならば確かに問題はないが、ドイツ、スウェ―デン、オーストリアなど一部の国に難民が集中し、他の加盟国は難民受けれを拒否している現状では、呑気なことはいっておれない。

 なお、スロバキアのフィツォ首相は8日、「ドイツで起きたような事件がわが国で発生しないよう、今後、難民の受け入れはしない」と述べ、「ケルンの集団暴行事件を協議するEU首脳会談の開催を要求する」と語っている。同国では3月5日、議会選挙が実施予定だ。同首相の発言は難民政策で強硬姿勢を示すことで有権者の支持を得ようとする選挙対策の匂いもするが、難民問題が今年もEU加盟国内の大きな問題となることをはっきりと示している。

(ウィーン在住)