ギリシャ国民にもっと希望を


 欧州連合(EU)とユーロ圏グループが提示した財政緊縮案の是非を問う国民投票の結果、ギリシャ国民は「ノー」を選択した。国民投票後のギリシャ国民経済は新しい状況を迎えることになる。

 チプラス首相は、「国民が改革案にノーと主張すれば、政府はブリュッセルと有利な立場で交渉できる」と主張してきたが、欧州の債権国が再びギリシャのチプラス政権と交渉に応じ、アテネの要求にこれまで以上に寛大な支援を約束するだろうか。

 EUの盟主ドイツのメルケル首相はチプラス首相の再交渉呼びかけに余り熱意を示していない。欧州議会のシュルツ議長は国民投票日の前日、「ギリシャ側が再交渉を開始するに相応しい状況を生み出すならば、アテネとの交渉に応じるべきだ」と強調する一方、「そうではない場合、再交渉は意味がない」と明らかにしている。同議長の考えが多分、欧州債権国のコンセンサスではないだろうか。とすれば、チプラス首相はブリュッセル側の真意を間違って受け止めている可能性がある。ブリュッセルはアテネの国民投票の結果を交渉の終焉と受け取り、再交渉の必要性を感じていないのだ。ちなみに、EUは7日、ユーロ圏首脳会談を開催して、対応を検討する予定だ。

 チプラス首相とバルファキス財務相は国民投票で緊縮案が「イエス」となった場合、辞任すると示唆していたが、両者はその賭けに勝利したわけだ。ここまでは良かったが、ブリュッセルの交渉テーブルに戻ることができなければ、敗北者として国民から激しい批判にさらされるかもしれないのだ。ギリシャの銀行は6日も閉鎖している。資本規制は続いている。国民投票でノーが多数を占めれば、翌日から状況は良くなると国民に訴えてきたチプラス首相は説明責任を追及されるかもしれない。
 アテネからの情報によれば、バルファキス財務相が6日早朝、辞任を表明した。ブリュッセルの財務相会合で対ギリシャ緊縮政策を激しく批判し、EU首脳陣をテロリストと酷評してきた財務相が辞任することで、チプラス首相の交渉がやりやすくなるのではないか、という憶測が流れている。

 ギリシャのユーロ圏離脱は益々現実的となってきたと予測する経済学者が増えてきた。しかし、ブリュッセルはアテネを完全に見捨てることは出来ないことも事実だろう。チプラス政権が中国やロシア寄りに国の舵を切る危険性があるからだけではない。ドイツやフランスは巨額のギリシャ債権を抱えているから、ギリシャの破産はその債権回収を閉じることになるため、それだけは避けたいところだ。また、スペイン、ポルトガル、アイルランドなど厳しい経済状況下にある他の欧州諸国への手前、ギリシャだけを特別扱いできない。メルケル首相がギリシャを切り捨てる可能性も完全には排除できなくなってきたわけだ。

 ギリシャは6月末の国際通貨基金(IMF)への約15億ユーロ返済が滞ったばかりだが、7月20日に約35億ユーロ、8月20日に32億ユーロを欧州中央銀行(ECB)へ返済しなければならない。次から次と債務返済日が訪れてくるのだ。例えば、ECBの緊急流動性支援枠(ELA)がストップした時、ギリシャ国民は国民投票の結果がどのような結果をもたらしたかを肌で感じることができるのではないか。

 国民投票ではブリュッセルの財政緊縮案に反対が多数を占めたが、ユーロ圏離脱を願う国民は少ないといわれる。すなわち、ユーロ圏に留まって単一通貨のメリットを享受したいが、ユーロ圏メンバーに留まるべき条件の緊縮財政はご免だ、というのが大多数の国民の偽りのない本音ではないか。「われわれはこれまで多くを失ってきた。もはや新たに失うものはない」と呟いていたギリシャ老人の言葉は切なく響く。

 ギリシャ国民は久しく放漫財政下で生きてきた。しかし、遅すぎるということはない。ブリュッセルはショック療法ではなく、段階的な財政緊縮案を提示し、ギリシャ国民がハードルを越え、新しいスタートが切れるように支援すべきだ。具体的には、緊縮政策と同時に、経済成長のための投資だ。未来に対して国民が希望を感じることができなければ、国民経済の再生など考えられない。

(ウィーン在住)