「中立性の原則」を破った潘基文氏


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同性愛歌手ヴルストさんを歓迎する潘基文国連事務総長(2014年11月3日、ウィーン国連内で撮影)

 米連邦最高裁判所が26日、同性婚を合憲と認めた、というニュースが流れると、バチカン放送は「悲劇的な過ち」と批判した米国カトリック教会司教会議のコメントを掲載する一方、「米国の勝利だ」と述べたというオバマ米大統領のメッセージも伝えた。立場と信念が異なれば、評価も異なるが、同性婚問題で一方は「悲劇的ミス」と評し、他方は「米国の勝利」と称えたのだ。これほど好対照な評価は珍しい。

 同性婚問題ではその少数派への差別撤回という点では多数の支持を得てきたが、同性婚をどのように認知するかで意見は分かれている。例えば、欧米諸国では同性婚を認める傾向が強い一方、旧ソ連・東欧諸国では拒否姿勢が強い。ロシアは同性婚を拡大するような言動に対して法的に強い姿勢で対応しているほどだ。同性婚問題では依然、コンセンサスはないのだ。

 ところで、共同通信によると、潘基文国連事務総長は26日、同性愛者の権利促進に貢献したという理由でハーヴェイ・ミルク勲章を受賞した。同勲章は米政治家で同性愛者の活動家だった故ハーヴェイ・ミルク氏(1930~78年)の遺族が創設したもので、同性愛者運動に寄与した人物に贈られる賞だ。事務総長は米サンフランシスコ市庁舎で「ミルク勲章」受賞演説をしている。すなわち、事務総長は同性婚の支持者だということを内外に明らかにしたわけだ。

 潘基文事務総長は昨年11月3日、ウィーンの国連を訪問し、欧州ソング・コンテスト、ユーロヴィジョン(Eurovision)で優勝したオーストリアの同性愛歌手コンチタ・ヴルスト氏と会合し、「国連内では人種、性的指向の差別は存在しません。ヴルストさんが性的差別の克服するために健闘していることを評価します」と歓迎スピーチをした。事務総長は同性愛問題では久しく熱心な支持者だ、というわけだ。ミルク勲章の受賞は納得できるわけだ。

 しかし、問題が出てくる。国連は193カ国の加盟国から構成されている。その事務局のトップ、国連事務総長が同性婚を率先して支持することはその立場上好ましくはないのだ。米連邦最高裁判所は合憲と判断したが、あくまでも米国内の判決だ。世界には同性婚を公認しない国も多数存在する。国連憲章第100条1を指摘するまでもなく、国連事務総長はその職務履行では中立性が求められているのだ。

 ドイツを公式訪問中のエリザベス英女王が24日、晩餐会で「欧州の分裂は危険だ」と発言したことに対し、2017年末までに実施予定の欧州連合(EU)離脱を問う国民投票を意識した政治発言ではないか、といった批判の声が飛び出している。英王室は政治問題では中立性を守るという不文律があるからだ。中立性という問題では加盟国間の調整役を演じなければならない国連事務総長も同様だろう。

 多分、事務総長は、「私はこれまで差別されてきた同性愛者の権利を擁護しただけで、同性婚問題については何も表明していない」と反論するだろう。しかし、事務総長が支持している同性愛者は同性婚の権利を要求している人々だ。すなわち、同性婚を要求する人々を事務総長は応援していることになるわけだ。宗教や民族の少数派支持とは異なるのだ。同性婚問題はその家庭観、人生観、世界観まで網羅しているテーマなのだ。

 ちなみに、潘基文氏は自身の「宗教の有無」を明らかにしていない唯一の国連事務総長だ。宗教紛争が絶えない現状を考慮して、どの宗派にも属さない中立の立場をキープするために、「宗教の有無」を公表していないとしたら、賢明かもしれない。その国連事務総長が同性婚問題ではなぜ安易に支持側に立つのだろうか。例えば、国連事務総長は同性婚を強く拒否する国連加盟国ロシアの国益を無視していることになるのだ。

 2期目の任期も後半に入る事務総長はこれまでこれといった実績がない。焦る気持ちは理解できるが、加盟国間で意見が一致しない同性愛問題で国連事務総長が率先して同性愛者支持の姿勢を示すことはその職務上、好ましくない。

(ウィーン在住)