存在感揺らぐ国際都市 国際機関の転居話相次ぐウィーン

 音楽の都ウィーンはベートーベン、シューベルト、モーツァルトなど大作曲家の足跡が残る街だが、同時に、国連を含むさまざまな国際機関の本部がある国際都市だ。そのウィーンの国際都市としての評判が揺れだす気配が見え始めたのだ。(ウィーン・小川 敏)

30以上の機関本部集中

他都市の誘致攻勢に防戦一方

800

ウィーンの国連機関の正面入り口=2013年4月

 ウィーン市には、イランや北朝鮮の核問題を監視する国際原子力機関(IAEA)、国連工業開発機関(UNIDO)、包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)、国連薬物犯罪事務所(UNODC)などの国連本部や事務所がある一方、石油輸出国機構(OPEC)や欧州安保協力機構(OSCE)など30を超える国際機関がある。変わったところでは、北朝鮮主導の国際テコンドー連盟(ITF)の本部がウィーン郊外にある、といった具合だ。

 その国際都市ウィーンの地盤が揺れだした最初の出来事は、OPECの引っ越し時だ。OPECは当時、ドナウ水路沿いにあった古い事務所から広く、近代的な事務所を探していた。その時、カタールなどがOPEC事務所の誘致に乗り出してきたという噂(うわさ)が流れたのだ。オーストリア外務省は大慌てとなり、OPECの新事務所の家賃をダダにするなど好条件を提示し、OPEC加盟国を説得することに成功した経緯がある。

 最近では、「宗教・文化対話促進の国際センター」(KAICIID)騒動がある。同国際センターは2013年11月26日、サウジのアブドラ国王の提唱に基づき設立された機関で、キリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教、ヒンズー教の世界5大宗教の代表を中心に、他の宗教、非政府機関代表たちが集まり、相互の理解促進や紛争解決のために話し合う世界的なフォーラムだ。その機関がサウジの宗教弾圧に対しては黙認しているとして、メディアやオーストリア政府から批判が出てきた。ホスト国の批判に嫌気が差したサウジは本部をアラブ諸国に移動する計画を示唆。最終的には、オーストリアとサウジ両国は、KAICIIDの設立目的を重視、他国の人権問題に対しても積極的に関与していくことで妥協が成立したばかりだ。

 やれやれと思っていた矢先、次は潘基文国連事務総長が13年に新設した「全ての人のための持続可能なエネルギー」(SE4ALL)機関をウィーンからデンマークの首都コペンハーゲンに移動する話が浮上してきたのだ。オーストリア日刊紙プレッセによると、コペンハーゲンが積極的に誘致に乗り出している。SE4ALL側は、事務局長カンデ・ユムケラー氏が今年7月をもって辞任するのを受け、新しい出発を考えているというのだ。ちなみに、ユムケラー氏は出身国シエラレオネの大統領選(18年)に出馬するために事務局長のポストを断念したという。

 オーストリア外務省はIAEA、CTBTO、そしてSE4ALLの本部をウィーンに結集させ、世界のエネルギー問題のメッカとしたいという野心を持っている。それだけに、SE4ALLの本部が他の欧州都市に取られれば、構想はつぶれてしまうだけに、コペンハーゲンの誘致工作に神経質となっている。

 そこにイラン学生通信が15日、イランの核協議をウィーンとジュネーブで協議中の国連安保常任理事国とドイツの6カ国が今月末の最終合意の協議舞台をウィーンからニューヨークの国連本部に移動させる計画を検討中、と報じたために、オーストリア外務省はパニック状況に陥ったほどだ。イラン核協議の拠点となったウィーンのホテルがサイバー攻撃を受けるなど、その情報管理上にも問題が浮かび上がってきたからだ。

 幸い、13年間に及んだイランの核問題の最終合意交渉は予定通りウィーンで引き続き行われることになった。イランの核協議は世界のメディアの注目が集まる大イベントだ。それだけに、その華やかな外交舞台を奪われてしまったら大変なところだった。

 ウィーンは過去、国際機関を積極的に誘致し、国際都市の呼称を享受してきたが、ここにきて新しい対抗都市や誘致都市が出現する一方、ウィーンに拠点を構えてきた国際機関の引っ越しの噂が浮上し、防戦を余儀なくされてきた。国際都市ウィーンの地盤沈下が見え始めたのだ。