交通信号灯に「同性愛者」を表示


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同性愛者を表示した交通信号灯(2015年5月12日、ウィーン市内で撮影)

 音楽の都ウィーン市の5月は一年中で最も美しい月だ。世界から旅行者が殺到する本格的な観光シーズでもある。5月から6月にかけ、同市では3つのイベントが控えている。

 最大のイベントは欧州ソング・コンテスト、ユーロヴィジョン(Eurovision)だろう。19日に予選がスタートし、23日に決勝戦が行われる。デンマークのコペンハーゲンで昨年開催されたコンサートでオーストリア出身の歌手コンチタ・ヴルストさんが優勝したことで、オーストリアが今年の主催権を獲得したからだ。ヴルストさんは同性愛者で、髭を付けたまま化粧した顔に女装して舞台に立ち、最高点を獲得した(「『音楽の都』を占拠する同性愛者たち」2014年5月17日参考)。
 ヴルストさんは大手銀行の広告にも出るなど、オーストリアでは既にスーパースターだ。欧州全土で同時中継される今回のイベントでもゲスト出演し、歌を披露する予定だ。

 それに先立ち、16日にはHIV支援のライフ・バルが市庁舎前広場で開かれる。毎年、クリントン米元大統領が招かれている。そして欧州ソングコンテスト後、6月20日には Regenbogenparade (ラブ・パレード)だ。ホモ、レズ、両性愛者など(LGBT)が連帯して差別に反対を訴え、半ば裸姿で市内をパレードする、といった具合だ。

 ところで、上記3つのイベントの共通点は何か、といわれれば、同性愛者がいずれも大きな役割を果たしていることだろう。だから、というわけでもないが、ウィーン市当局はこのほど市内49カ所の交差点の信号機に同性愛者を表示したランプの設置を決定し、11日には第1号信号機がウィーン大学周辺の交差点に登場したばかりだ。

 市当局によると、13日までに49カ所の交差点の信号機に同性愛者を描いたランプに入れ替えられる。2人の男性が表示されたランプと2人の女性が描かれたランプだ。同性愛者表示ランプは6月末まで続けられるという。

 ウィーン市交通担当局(MA33)は、「新しいランプはウィーン市の寛容と開放を象徴している」と、その意義を強調するが、それだけではないだろう。10月11日に実施予定のウィーン市議会選と密接に関係しているはずだ。なぜならば、ウィーン市議会は社会民主党と「緑の党」の連合政権だ。両党とも同性愛者の権利を支持している。同性愛者の支持を狙った両党の選挙運動と、受け取るほうが妥当だろう。
 野党のキリスト教系保守政党の国民党と極右派政党「自由党」は、「予算の浪費だ」、「戦後最大の失業者を抱えている時に同性愛者のプロパガンダでしかない交通信号機の表示替えに公費を使用することは馬鹿げている。一般市民は理解に苦しむだろう」と批判している。ちなみに、信号機の標識変更のために約6万3000ユーロ(約850万円)かかるという。

 オーストリアを含む欧州諸国では、同性愛者の市民権は既に定着している。欧州の政治家たちは、同性愛者を承認することでリベラル、寛容さがアピールできると密かに計算している。欧州メディア界もほぼ同じだ。同性愛者容認=寛容、と考え、同性愛の問題点を正面から取り扱うことは少ない。だから、同性愛者を表示した信号灯の出現を報じるが、あくまで読者の好奇心をそそるだけだ。

 同性愛者を表示した信号ランプを見ながら、ウィーン市民は何を考えるだろうか。「ウィーン市の寛容さ」だろうか、ベートーヴェン研究家として有名なロマン・ロランが著書に中で指摘したように、「ウィーン市の軽佻さ」だろうか。

(ウィーン在住)