クリスマス直後の衝撃的な出来事


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58歳の男性が倒れたウィーン市地下鉄U3のフォルクステアター駅風景(2013年1月8日、撮影)

 音楽の都ウィーンで開かれた慣例のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートの中継を観られた日本人も多いだろう。当方も1日、国営放送のライブ中継を家族と共に楽しんだ一人だ。

 ところで、クリスマス明けの先月26日未明、ウィーンの地下鉄構内のエレベーターの中で58歳の男性が心臓発作で倒れたが、誰からも助けられず、5時間余りエレベーター内で横たわていた。エレベーター内には緊急連絡ボタンがあるが、エレベーターに入ってきた乗客の誰一人として横たわっている男性を見ても、救急車に連絡しなかった。

 早朝午前7時前、地下鉄構内の掃除にきた関係者がエレベーター内で倒れている男性を見つけ、緊急処置をすると共に救急車を呼んだが、男性は病院に行く途上、死亡したという。このニュースは報じられると、クリスマス祝いに酔っていたウィーン市民もさすがにショックを受けた。

 エレベーター内に設置された監視カメラを検証すると、男性が倒れ、意識不明状況になった後、乗客が倒れた男性の上をまたぎながら通過していくシーンが写っていた。誰一人、倒れている男性に声をかけたり、医者を呼ぶ者はいなかったのが明らかになったのだ。

 ウィーン市公営地下鉄では夜中でも定期的に駅構内をチェックすることが義務つけられているが、その日、2人の職員はチェックを怠っていたことが判明したのだ。地下鉄公社側は「職員が義務を履行していたらひょっとしたら男性を助けることができたかもしれない」と指摘、職務不履行を理由に2人の職員を即解雇処分をした。事件がメディアに大きく報道されたこともあって、地下鉄側も迅速に職員を解雇処分したのだろう。

 事件を報道したテレビ・レポーターのインタビューに、一人の老人は「自分もそのような事態に陥るかもしれない」と恐怖感を吐露していたのが印象的だった。倒れていた人が目の前にいれば、救援するか、助けを呼ぶのが市民としての義務だが、5時間余り、倒れた男性を助けず、その上をまたいで行った人々はどのように感じていたのだろうか。

 一人の中年の女性は「男性が無宿者だったという。衣服などが汚れていたのかもしれない。自分もひょっとしたら倒れている乞食のような男性を見ても、いそいそと通り過ぎていたかもしれない」と正直に述べていた。

 オーストリア日刊紙プレッセは3日、「見物人と共に5時間の死」(5 Stunden Sterben mit Publikum)とシニカルなタイトルで報じていた。隣国オーストリアの事件には余り関心を払わない独週刊誌シュピーゲルも3日電子版でウィーン地下鉄駅内の悲劇を「乗客はエレベーター内で死に瀕している男性に一瞥もせず」とセンセーショナルなタイトルで報道している。
      
 出来事はクリスマス明け直後だった。それだけに地下鉄構内のエレベーターで起きた悲劇は多くのウィーン市民にとって一層衝撃的なものとなった。イエスの生誕を祝う一方、死に瀕した人間を目撃しながら見捨てていく。両者の間には大きな溝が横たわっていることを否応なしに痛感させられたからだ。

(ウィーン在住)