クリミア侵攻招いた弱い米
支援頼みのウクライナ
金融制裁を心配するロシア
【ワシントン】ロシアのプーチン大統領は幸運な男だ。この幸運はさらに3年間続く。
プーチン氏がクリミアを奪取すると、オバマ大統領は、ロシアの利益にならないだけでなく、戦略的にも懸命ではないと主張した。だがこれは弱さの証しでしかない。
本当に利益にならないだろうか。クリミアは200年間、モスクワのものだった。ロシアがクリミアを占領したのは、米国がルイジアナを獲得する20年前だ。1990年代の屈辱の中でクリミアを失ったが、プーチン氏は、一発も発砲することなく3日で取り戻した。
そして、ウクライナの東部と南部のクリミア以外の地域にまで迫ろうとしている。奪取しようと思えば、いつでもできる。ウクライナ政府はすでにプーチン氏によって不安定化している。ウクライナはその一部を切り取られ、米国と欧州の経済支援が頼りだ。だが、支援の大部分は、ガスの購入料金としてプーチン氏の懐に収まることになる。
オバマ氏は、プーチン氏は歴史の悪い側にいると語り、ケリー国務長官は、プーチン氏の行動について「19世紀のやり方そのものであり、21世紀のものではない」と主張した。
ツキディデス以来、国力、領土、支配への追求は国家を突き動かす原動力となってきたが、これはもう時代遅れだと言いたいのだろう。年が変わり、人間の性格に変革が起き、国際舞台はホッブスの言うような権力追求の戦いの世界から、領土一体性への侵害が起きない紳士のクラブに変わったかのような言い方だ。
「21世紀ではありえないし、G8や大国のすることではない」とケリー氏は言った。侵攻はマナー違反だと言っているように聞こえる。ボストンの高級住宅街ビーコンヒルのディナーパーティーでフォークの使い方を間違ったときのようにだ。
オバマ氏の外交政策をどう理解すればいいのだろうか。最初の国連での演説でオバマ氏は、「どの国も、他国を支配できないし、すべきでない」と語った。どこの惑星の話なのだろう。次いで「すでに過去のものになってしまった冷戦の亀裂を境界とする国家群は、…相互につながった世界では意味を成さない」と強調した。北大西洋条約機構(NATO)のような国家間の連合を指して言ったのだろう。
それに比べてプーチン氏の取り巻きはずっと現実的であり、これらの青臭い普遍主義はロシアの裏をかくための米国の策略に見えたことだろう。だがオバマ氏のこの驚くべき言葉には、さらに驚くべき行動が伴っている。
①オバマ氏は大統領に就任すると、よく知られている「リセット」を開始し、ブッシュ前政権時代の両国関係の「漂流」状態を解消しようとした。しかし、この漂流状態の原因の大部分は、ロシアのグルジア侵攻後にブッシュ前大統領が対露関係を凍結したことにある。オバマ氏はこのロシアに対する圧力をやめ、関係を振り出しに戻した。それに対する見返りは何も求めなかった。
②ポーランドとチェコとのミサイル防衛協定を破棄した。両国と協議することもなかった。プーチン氏の脅迫に屈した形だが、これも見返りのないまま、一方的に行われた。東欧諸国は冷戦後に独立を達成したと思っているが、実際には依然としてロシアの影響下にあるということがこれで明らかになった。
③オバマ氏は2012年にロシアのメドベージェフ首相に対して、選挙が終わればミサイル防衛でプーチン氏に対して柔軟に対応できると確約した。
④シリアでの大失敗。オバマ氏は化学兵器問題で窮地に追いやられた。爆撃すると警告したが後に撤回したからだ。シリアの化学兵器を廃棄するという約束でプーチン氏に救われた。オバマ氏は、互いに利益があることだとして大歓迎した。だが、オバマ氏もプーチン氏も、これによってシリアのアサド政権に正統性を与えることになり、40年間で初めてロシアがこの地域での主要仲介者となることを知っていた。だが、ひょっとするとオバマ氏だけが本当に知らなかった可能性はある。
⑤オバマ氏は、防衛費の削減を進めている。最新の予算では、国防費は2016年までに国内総生産(GDP)の3%まで削減され、陸軍は真珠湾攻撃当時まで縮小される。一方のロシアは軍の再建を進め、イランは核の獲得を目指し、中国は軍事費の12%増加を発表した。
理解に苦しむ。米国は財政的緊急事態ではないし、破産の危機でもない。オバマ氏は節約の終わりを宣言するが、それは軍以外の全政府機関に対するものだ。
これでは、プーチン氏が、クリミアを奪取し、ウクライナ政府を脅しても、オバマ氏の反応は最小限にとどまり、米国の欧州への影響力もそぐことができると考えたとしても当然だろう。
これほどまで敵が愚かでなかったなら、プーチン氏がウクライナに向かって突進することもなかったのではないだろうか。もちろん、本当のところは誰にも分からない。しかし、決断をしやすくしたのは確かだ。
オバマ氏がメルケル独首相と歩調を合わせられれば、ロシアはG8から追い出される。重要なことだ。プーチン氏は金融制裁の心配をするが、欧州諸国はすでに分断され、内部で対立し合っている。
来週のクリミアの国民投票では、「母なるロシア」に帰るべきかどうかが問われる。プーチン氏はその結果を受け入れる。プーチン氏はすでに未来の歴史の教科書を思い描いているかもしれない。そこには、女帝エカテリーナがクリミアを占領、プーチン(皇帝?)はクリミアを取り戻した、と書かれている。19世紀風のプーチン氏らしいやり方だ。