韓国を理解するための知的技法 小倉紀蔵氏
京都大学大学院人間環境学研究科教授 小倉 紀蔵氏
「抽象度」高め見える異文化の本質
6月中旬に開催された米朝首脳会談を境に、緊迫していた東アジア情勢が急展開の様相を呈している。もっとも、日本と韓国の間にはいまだに慰安婦、歴史問題が横たわり良好な状況とは言い難い。そうした中で「日韓両国の未来における真の信頼関係構築」についての講演会が5月下旬に札幌市内で開かれた。駐札幌大韓民国総領事館が主催したもので、小倉紀蔵・京都大学大学院人間環境学研究科教授が「韓国を理解するための知的技法」をテーマに1時間半ほど講演。要旨は以下の通り。
(札幌支局・湯朝肇)
日韓は同じ儒教文明圏?
天や職業観に相違
講演で私が話すテーマは「韓国を理解するための知的技法」となっています。韓国を理解するのは重要なことですが、特に「知的」に理解することが大事です。日韓にはさまざまな軋轢(あつれき)がありますが、感情的に「あの国は気に食わない」と言っても始まりません。それでは両国の関係が構築できないからです。一方、日韓は互いに理解すべきだ、というように他者によって強いられるものでもないと思います。日本人にとって韓国という国や人、文化を知的に理解し得るのかどうか、そこから始めるべきだと考えています。

おぐら・きぞう 1959年東京都生まれ。東京大学ドイツ文学科卒。ソウル大学哲学科修士課程修了、同博士課程単位取得退学。東海大学助教授、京都大学助教授を経て現職。専門は朝鮮半島の思想・文化。東アジア哲学、日韓関係。著書「韓国は一個の哲学である」(講談社)「歴史認識を乗り越える」(同)「朝鮮思想全史」(筑摩書房)などがある。
そこで今回は、知的に理解するための技法として二つを軸に話していきたいと思います。
一つは、「抽象度」です。抽象の反対語は具象(具体)ですが、われわれの会話の中ではよく具体的な話をします。例えば、主婦同士の会話の際に、旦那さんの話になると、「ああだ、こうだ」と愚痴を並べますが、一言「うちの旦那は結局、“昭和の男”なのよね」と言うと、イメージが付きます。これはその人が旦那を「昭和の人」と抽象的に表現したわけですが、それですべてを網羅したことになります。すなわち「抽象度を上げた」というわけです。具体的な話を幾つも挙げるより、抽象度のある一言で納得します。私はかつて、『韓国は一個の哲学である』という本を出版しましたが、これなどは抽象度を上げた表現です。
知的に理解するもう一つの軸は「何故(なぜ)」です。「何故、韓国人はこういうふうに行動するのか」「何故、韓国社会ではこういうことが起こるのか」など「何故」という疑問を持ち、そこから知ろうとすること。「何故」がないと知的理解にはつながりません。
そこで、日韓関係について考えてみたいと思います。
日本と韓国は非常に似ていると言われます。例えば、①言葉②儒教文明圏③漢字文明圏④歴史の共有⑤家族主義⑥学歴社会⑦中央集権制⑧産業化と情報化⑨格差社会、少子化、自殺率―など古代から現在まで両国は文化的に相応しながら影響を与え合ってきたことから似ていると言うのです。しかし、実態はどうでしょう。
言葉についてみると、確かに文法は似ています。しかし、語彙(ごい)はどうでしょうか。例えば、韓国語で「口」のことを「イプ」と言います。韓国語の「イプ」という名詞が日本に伝わるときに動詞化されて「言う」となりました。昔、「言う」は旧仮名遣いで「言ふ」といいました。「プ」が「ふ」となったと考えられます。日本語で「聞く」とありますが、これは韓国語の「耳(キゥィ)」が動詞化したものです。また、日本語に「わだつみ」という言葉がありますが、これは「パダ(海)」「津(の、という意味)」「ミ(龍、神)」という韓国語の「海の神」を表したものです。
こうした韓国由来の日本語は270語ほどあると言われていますが、これは多いとは言えません。ドイツ語と英語というように同系統の言葉というには数が少なすぎます。日本語は2系統の言葉から成っていると言われますが、すべて韓国由来というわけではないのです。
また、日本も韓国も儒教文明圏で漢字文化を有していると言いますが、果たしてそうでしょうか。韓国ではキリスト教徒が全人口の40%を占めていますし、漢字は事実上、使用していません。
では、日本と韓国が明らかに違う点はどこでしょうか。例えば、シャーマニズムについて言えば韓国ではムダンという名称で広く民間信仰として残っているのに対し、日本では神道の中に包摂されていきました。一方、韓国社会での主役は一にも二にも知識人です。科挙試験に受かった両班と呼ばれるエリート。儒教、特に朱子学社会の中で天、すなわち自然の法則と社会をつなげる役割を担ったのが両班でした。言い換えれば天と通じるものは、科挙に受かった者のみでした。
一方、日本は「家(イエ)」「家業」を大切にしました。それは天職だったのです。天から与えられた職を大切にし、存続させることが使命だと言えます。同じ儒教文明圏でも天や職業に対する捉え方は違っていたのです。
さらに韓国と日本の違いを見ると、国家の在り方すなわちアイヌ民族や沖縄を包摂した日本に対し、南北に分かれた分断国家である韓国というように明らかに違います。政治体制でも韓国は大統領制、日本は議院内閣制などに違いがあります。
そうした点を踏まえると、韓国を理解するには、「抽象度」をさらに上げる必要があります。そこで韓国について抽象度を上げて、韓国について幾つかの命題を提示してみたいと思います。まず、「韓国人は歴史を道徳だと捉える民族だ」と言えるのではないでしょうか。日本人は歴史を事実を通して理解しようとしますが、韓国人は善悪を付けて歴史を描こうとします。易姓革命という言葉が韓国にあるように、歴史は道徳的に革命的に動いていくと見るわけです。
もう一つ韓国人と日本人の国民性を理解する命題として「演繹(えんえき)と帰納」を挙げたいと思います。韓国人はよく「普遍」なものを好みます。普遍的なものから演繹的な命題を導き出すことが非常に得意。これらは韓国人がゴルフやアーチェリーなど的のあるスポーツが得意なことからも分かります。一方、日本人は帰納的な民族と言えるのではないでしょうか。答えもまだ出ない中で一つ一つ実験を繰り返しながら、一つの法則や新しい理論を見つけていく姿勢は、まさに経験的で帰納的です。
このように「抽象度」を上げながら日韓両国を互いに知的に理解することは、新しい日韓の信頼関係をつくる上で極めて重要な作業であると考えています。