内こもり日本人、国内居心地よく海外雄飛せず
東京大学大学院准教授 川島博之氏に聞く
現代の日本の若者は海外に挑戦する意欲や覇気が乏しく、居心地のいい国内にとどまりがちだ。こうした「内こもり志向」を危惧する東京大学大学院准教授の川島博之氏にインタビューした。
(聞き手=池永達夫)
覇気消え「ゆでガエル」に
ベトナムへの投資額 日本は韓国の7、8割
昨年年末に10日ほどベトナムのハノイに出張したばかりだが、印象は?

かわしま・ひろゆき 1953年11月29日生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科准教授。専門は環境経済学、システム農学。農業から見たアジア経済に詳しい。著作に「農民国家・中国の限界」や「戸籍アパルトヘイト国家・中国の崩壊」など多数。
今、ハノイにいる韓国人は10万人。それに比べ日本人はわずか1万人だ。
日本からベトナムへの投資額は、2017年こそ韓国を上回ったが、それまでずっと韓国の7割、8割に過ぎなかった。韓国のGDP(国内総生産)は日本の3分の1でしかない。それでもこの違いがある。
ハノイにはイオンモールが出店しているが、そこで出していた日本食レストランが今では焼肉とか韓国料理店に変わってしまっている。
フードコンサルタントに聞いても出店するなら日本食レストランではだめで、コリアレストランだという。日本人はすっかり外に出て行かなくなった。
海外を開拓した人たちは、今から40年前、海外で叩かれながら、基盤をつくって団塊の世代が係長かなんかで一所懸命やっていて、海外の機構が出来上がっていった。
しかし、われわれの世代から下がってきて、特に今の40代、50代の人たちは、何か提案しても、本社の方でイエスが出ないとかなんとか言って、口実をつくる。「情熱を持って本気出して、本社を説得してみろよ」と言いたくなる。
武士は少なく、多くが「事なかれサラリーマン」になってしまっている。
向こうで評判が悪かったのは、人事のローテーションを3年で回していることだ。こんなシステムは他の国にはない。
韓国というのは、財閥のトップが来て何かを決めると、トップダウンで動く。こうした韓国人の商売のやり方というのは、決してみんなから褒められてはいない。何より日本人よりエゴイスティックにやるし、ベトナム人を馬鹿にしているような態度も取る。
しかし、財閥トップの決定は早い。そのスピード感は侮れないものがある。ハノイに来ているのは、財閥だけでなく多様な企業が来ている。ある意味、中国型でいろんな商売をやったり、個人営業も多い。
韓国は景気が悪いので、ベトナムに来て一旗揚げようとか、韓国人は非常にアグレッシブだ。北朝鮮のミサイル問題があっても、ハノイで韓国人用の住宅を売るなど、転んでもただでは起きず逆手で活用する。
何かあったら逃げて来れるように、セカンドハウスを持とうというのだ。国家の危機も利用しながら、商魂たくましく生きている。こうした商売は、昨年夏からよかったという。
だが、日本から誰も逃げて来ないし、口で言ってるだけで日本はそれほど切迫感はない。
民族性が違う。日本人は稲作民族だが、韓国人は騎馬民族の末裔で、博打(ばくち)を打つことをいとわない。
そうだが、グローバル化というけど、ハノイから見る日本はつくづく大丈夫かなと思う。
20年くらい前から、日本はこのままでは「ゆでガエル」になるという議論があった。その「ゆでガエル」に本当になってしまった感が強い。今や、50代の部長にこれから海外展開を言っても、暖簾に腕押しだ。
どうすればいい?
来年、定年退官でベトナムのハノイで起業するつもりだ。
ベトナムと日本を結ぶコンサルタントをやりたいと思っていたが、10日ほどハノイに行ってだめだと思った。
というのも、人にこうやったらいいと言っても、「先生のご説はごもっともです。検討します」で終わりで実は検討すらしていない。こんなコンサルタントなんかやってもだめで、自分で起業するしかないと見切った。
結局、日本で安定した社会をつくった。だから、海外から日本に帰ると、心底安心する。犯罪も少ないし、空気もきれいだ。
そういう意味で日本はかなりいい国だけど、覇気が消えたという意味で「ゆでガエル」っぽくなっている。
どういった起業形態になるのか?
イオンがベトナムで目指しているのは、中流のマーケットの取り込みだ。日経などがいつも書いているが、アジアはこれから中流階級が増えてくるから、そこに日本の高品質の商品とビジネスを持っていけというスタイルが推奨されている。
だが、それは日本人の幻想だ。
アジアの発展は、上層が1割。中間層がすごく薄くて、あとボトムの貧しい層がいる。 だからイオン型の商売で大きく儲(もう)けるのは難しいと思う。
ベトナムのハノイで、日本人として上層の1割を狙った業務を展開していくと、イオンより効率のいいビジネスが展開できる。ハイレベル層に向けた商品を作ってビジネスにする。
日本人の頭は大量に作って売るという発想がある。1号店を出したら2号店を出して、そこで利ざやを取っていく。
それをベトナム人がやるのはいい。だが私たちが、それと同じようなビジネスを展開すると難しい問題がある。だからイオンが苦戦している。ベトナムのイオンでは、日本の7掛けぐらいで売っている感じだが、それでもベトナム人からすると高く、なかなか儲けが出ない。
インドもそうだが、ベンツが走り、こちらに乞食がいる社会だ。中産階級が育っていく日本型モデルというのは、どうもアジアには見えない。
韓国では上と下の落差が激しく、おいしいマーケットは上だけだ。その意味では、非常にアグレッシブだ。
逆に言うと、ハノイに10万人いるということは、ソウルの居心地がどれほど悪いのかということでもある。ソウルにいたら、一旗揚げられないのだ。ただそれが逆に、外に飛び出させるパワーになっている。
日本人が1万人しかいないというのは、東京は居心地がいいということの裏返しでもある。
「このまま30年たつと、日本人がベトナムに労働研修で来るのじゃないか」とベトナム人留学生が言い出したことがある。半分は冗談だが、半分は本気だ。