「地形の辞典」出版記念シンポジウム

各学会の“用語”を横断的に解説・整理

「地形の辞典」出版記念シンポジウム

「地形の辞典」出版記念シンポジウムの様子

 日本地形学連合はこのほど、「地形の辞典」(日本地形学連合編 朝倉書店 26,000円)出版を記念して「社会と地形学のコミュニケーション~地球環境変動・自然災害と地形用語~」と題して東京都千代田区の中央大学駿河台記念会館でシンポジウムを開いた。

 日本地形学連合は、地形に関心を寄せる科学者、技術者が専門や所属学会にこだわらず加盟し、地形学および関連領域の学術の進歩を目的とした連合のこと。地形学、地質学、地球物理学、地球科学、土木工学、農学などの研究者、技術者が加盟している。「地形の辞典」は同連合が2009年の創立30周年事業の一環として創立35周年に発刊するため編纂(へんさん)してきた。同辞典は「マスコミ報道や学校で使う教科書、各研究学会で使う地形用語の混乱・誤用を少なくし、用語の解説・整理の基準として有用」(同連合)だとしている。

 同連合の事務局は、京都大学防災研究所内に所在し、会員より選出された委員によって組織される。支部はないが、近畿地形研究グループや筑波応用地学研究グループなどの地域地形学研究グループ、および実験地形研究会や水文地形学研究グループなどの特定分野の研究グループと密接な連携を保っている。また、国際地形学連盟に日本を代表して加盟している。

 シンポジウムでは同辞典責任編集者代表の鈴木隆介氏による「『地形の辞典』に期待される役割」と題した講演、砂防学会会長で北海道大学特任教授の丸谷知己氏の「自然災害とくに土砂災害における地形や地学現象に関わる用語の現状と問題点」と題した講演、成蹊中学高等学校教諭の宮下敦氏の「初等中等教育現場から見た日本の地理地学関係の教科書について」と題した講演などが行われた。


責任編集者代表・鈴木隆介氏

マスメディアなどの新造語に警鐘鳴らす

「地形の辞典」出版記念シンポジウム

 鈴木氏は「地形学からのお願い」としてマスメディアや不動産業などが使う“新造語”に警鐘を鳴らす。その例として(1)集中豪雨はあってもゲリラ豪雨はない(2)深層崩壊と表層崩壊は行政でも使っているが、地形学的には定義不可能(3)土砂崩れは日常用語なので問題ないが、自然災害ばかりでなく、人工傾斜にも使用されている。学術用語としては崩落・落石・傾斜崩壊などという――と指摘する。

 また、マスメディアや不動産業界で使われているが、地形用語ではないものがあるとして(1)丘陵地 学術的には丘陵と言い、段丘地とは言わない。地形の五大区分では山地・丘陵・段丘・低地という(2)高台 丘陵の谷部分を埋めた宅地造成地を「○○台」や「○○ヶ丘」と曖昧な上に欺瞞(ぎまん)的な日常語にしている――と強い言葉で批判した。

 広島で起きた土砂崩れについても、鈴木氏は「一見して、危険な造成地だと分かる。砂防ダムを造る話も地価が下がるから、という住民らの反対で造られなかった。宅地造成で、集中豪雨以前に危険であることを知らせておくべきだった」と厳しい言葉を発した。

北海道大学特任教授・丸谷知己氏

旧来の概念で定義し論文の中で一貫性を

「地形の辞典」出版記念シンポジウム

 丸谷氏は砂防学会会長の立場から、砂防学の研究対象は水や土砂の移動による人命、財産、インフラへの脅威や被害を未然に防ぎ、軽減し、予測し、警戒避難を促すなど、その成果が砂防技術や砂防工事に生かされることが研究の“ゴール”となっている。

 災害の原因を追究し、実社会に生かすには、大掛かりな整備と多大な予算が伴う。国や地方自治体の事業として実施することが多い。土砂災害の現場では次々と新しいタイプの災害が発生し、気候の違うヨーロッパから明治期に輸入された概念では、土砂の移動形態や土砂崩れの発生原因を捉えられなくなっている。

 丸谷氏は「水理学、水文学、地質学、地形学、火山学、気候学などの用語統一も必要だろうが、一時的にはできても、絶えず更新が必要になる。新たな災害現象を記述する場合、旧来の概念で説明をできるだけ定義し、論文の中で一貫性を持たせなければならない」と語った。

成蹊中学高等学校教諭・宮下敦氏

教科書などの用語の標準として普及望む

「地形の辞典」出版記念シンポジウム

 宮下氏は教員の立場から見た地形学関係の教科書の問題点と期待について語った。2000年代に使われた高校理科総合Aのような、これまでになかった新しいカテゴリーの教科書ができた場合、内容に注意する必要がある。

 物理と化学を融合した理科科目で、エネルギーの扱いに伴って資源問題が扱われたとき、物理・化学の分野に造詣が深かった執筆者が、あまり書いたことのない地下資源の地球科学的な扱いについて書いたため、初歩的な誤りが多く、その対応に苦慮した経験があると語った。

 宮下氏は「教科書の概念・用語についての問題点の解決は、教育界だけでなく、広く学術情報の受け手を育てるという意味で学術全体の問題である」とし、地形地学分野の概念・用語について「地形の辞典」が教科書等の標準として普及することが望ましいと語った。そのために教育・学術・行政・マスコミなど各分野で恒常的な情報交換の場が問題解決の方策だと宮下氏は指摘した。