闘うナディアと女性たち
山を動かせるか
今年のノーベル平和賞候補は、2月初めに推薦が締め切られ、同月末から委員会の選考作業が始まった。376の候補の中に、21歳のナディア・ムラドの名がある。イラク政府やノルウェー国会議員など、複数の推薦による。
「今この瞬間も女性たちがレイプされている。でも救いは来ない。どうかIS(「イスラム国」)をせん滅してください」。
静かな顔に似合わない激しい言葉を、国連安保理で、また各国の首脳、議会、大学、メディアに向かい、彼女ははき続けてきた。
イラク北部のヤジディ教徒。この民族宗教は、ISから邪教の代表と見なされ、最悪の迫害を受けている。
ナディアも一昨年8月「性奴隷」にされた。その時、村の男性約300人、中高年女性80人は全員殺され、9~25歳の娘150人が奴隷にされた。母も兄弟6人も殺された。彼女は3カ月後に奇跡的脱出に成功、以後、難民としてドイツに住み、仲間全員を救うため、つらい体験談の語り部となった。仲間の女性と子供はまだ3500人が性奴隷か兵士にされたままだ。
昨年、国連調査官からこの件で、集団虐殺や戦争犯罪などを裁く、国際刑事裁判所への付託を求める報告書が提出された。だが、国連安保理のOKが要る。中露両国は、すでにシリア情勢に関する同裁判所付託案に、拒否権を行使している。
世界では、日本の「慰安婦」と全く違うこの本物「性奴隷」のほか、例えばインドの「ダウリ殺人(焼かれる花嫁)」、「レイプ横行」、南アジアや中東の「名誉殺人」など、女性への不条理な暴力、「子ども結婚」などの間接暴力があふれている。
しかし、それに抗し立ち上がる女性も、少しずつ増えてきた。
婚家がダウリ(持参金)額に不満を抱き新妻を殺すか自殺させる「ダウリ殺人」は、年8000件以上報告されている。実数はその3倍ともいう。だが、最近、女性らの抗議デモが目につきだした。デリーのシェナーズ・バノらの「デリー家庭内暴力被害者集団」の様に、生き延びた被害者が団結し、後輩被害者の訴訟を支援する組織も出てきた。
インドではまた、2012年末、デリーの女子学生がバスの中で6人の男に乱暴され、殺された事件で、女性や学生の大抗議デモがおき、レイプ罪の厳罰化など大騒ぎとなった。同年、全国で報告されたレイプは2万4923件、14年は3万6735件。大騒ぎの後の報告急増は、被害者が口を開きだした結果だ。
自身も性暴力を経験した女性写真家、スミタ・シャルマが、被害者数十人やレイプ殺人犠牲者の母親らを撮影し、今デリーで写真展を開くなど話題になっている。10代前半の少女も、ベールで部分的に顔を覆いながらもアップ撮影に応じ、犠牲者の母親も「娘の名誉のため」カミングアウトした。
名誉殺人は、恋愛などで「家の名誉を汚した」娘が家族に殺される。全体で年約5000件が報告されている。先日発表の米アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞は、この問題を取り上げたパキスタン女性、シャルミーン・チノイ監督の作品が獲得した。彼女は、授賞式でも「女性が強い意志で団結する時だ」と訴えた。
「子ども結婚」では、パキスタンの14歳の少女、ハディカ・バシルの様に、放課後近隣の村を回り、少女とその家族に子ども結婚をやめるよう説得する、そんな少女も出てきている。
女性への暴力と闘う女性たち。ナディアが最終的に受賞するかはともかく、彼女たちの闘いが山を動かすよう祈りたい。
(元嘉悦大学教授)