不登校経験者らが演劇・太鼓熱演

秋田・三種町「長信田の森心療クリニック」に集う若者

 不登校や引きこもり経験者が9月21日、自分たちの等身大の姿を体当たりで描く演劇公演「親父の音魂」を秋田市の県児童会館で行った。引きこもりだった主人公の男子が太鼓の練習に励む中、父親との絆を取り戻していく様子を軸に、さまざまな事情を抱えながら集まった若者たちのぶつかり会い・友情を熱演した。(伊藤志郎)

等身大の姿演じ「生き返りたい」

不登校経験者らが演劇・太鼓熱演

親父と競演する主人公の隆二(後ろ姿)とそれを応援する太鼓のメンバー=21日、秋田市の県児童会館

 演劇公演を行ったのは、秋田県三種町の「長信田の森心療クリニック」(院長・児玉隆治)に集う若者たち。同クリニックは平成13年に医療・教育・福祉を融合し、成長促進的な「育む精神医療」を目指し開業した。主に思春期・青年期の問題に対し、本人(10~40歳)・家族を含めた治療で実績を上げている。

 生活塾「自在館」と名付けた宿泊型教育施設を併設。長信田太鼓、演劇、スポーツ、グループワークを通して、人との付き合い方や自らの力で生きる心と体を育てる。通信制の高校とも連携し、活動に参加しながら高校卒業資格の取得が可能だ。スタッフには、精神科医、精神保健福祉士、臨床心理士各1人、看護師3人のほか、前記資格と併せ教員免許取得者4人がいる。

 クリニックには、不登校・引きこもりといった学校・社会不適応の若者が多く集まっている。いじめから逃げ出せない上に、家庭でも居場所がない女子。高校を中退したものの、世間体から転校したことにしている女の子。

 父親が飲酒運転の車にひかれたことがショックで、会社を辞めてアルコール依存状態となり、加害者の息子から現金の支援を受けていることに良心の呵責(かしゃく)を感じ続けている男性など。

 劇中、長信田の森の医療スタッフがここに来る若者を「こんなに弱いのは自分しかいないんだ。どこにも居場所がなくて傷ついてきた。いつかは新しく生き返りたいと思っている」と語る場面がある。

 また、父親役を演じた副院長の水野淳一郎さんは舞台あいさつで、「一番感動しているのは僕ら自身かもしれません。3月9日に初めて三種町で公演してから9カ月間、計4回公演させていただけることになりました。毎日苦労の連続でしたが、みんながつながるために出し切ろうとやりました。不登校、引きこもり、命を絶とうと思ったこともある子供たちです。これから先もいろいろあると思いますが、自分自身に感動できる自分に会えるでしょう」と語った。

 脚本と演出を担当したのは、能代市のアマチュア劇団「展楽座」の工藤慶悦座長。公演後、メンバーを前に舞台の出来栄えに満足していた。

 劇中で演じられた長信田太鼓は実際の太鼓グループ。同クリニックに通う若者たちで2009年に結成され、現在13人が在籍する。平均年齢22歳(17歳~29歳)。能代べらぼう太鼓の田中久子さんや、なまはげ太鼓総指・細井清隆さんの指導を受け、地域のイベントや福祉施設慰問公演などに活躍している。


=演劇のストーリー=

 不登校や引きこもりの若者たちが集う「長信田(ながしだ)の森」で、長信田太鼓のメンバーたちは、お祭りでの発表を前に練習に励んでいる。隆二(主人公)は、不器用で長信田太鼓のお荷物的な存在。本番を1カ月後に控えて太鼓から離れようと考える。

 やがて隆二の生い立ちが徐々に明らかに。中学でいじめに遭うが、受験を前にした同級生は無関心。家では、高校をトップで卒業した姉と比較され、父親からは「こんな成績でどうするんだ」と叱られる日々。やがて高校に行かなくなり自室に閉じこもる。

 その姿を見かねて、母親と姉が長信田の森に連れてきたのが1年前。隆二は3カ月前に太鼓に興味を持ち練習に参加するが、壁にぶつかり悩んでいた。

 そんな練習時、家から電話が入った。父親が倒れたのだ。肺がんで余命3カ月と宣告された父親がかつて毎晩太鼓を打って楽しんでいたことを知り、隆二は親父に太鼓の競演を打診する。

 最初は、太鼓を叩(たた)く父親のぶざまな姿を目にして、見返したかったのだが、「動機が不純」という仲間の言葉に反省する。そして、太鼓の練習で父親と触れ合う間に2人のわだかまりがとれ、仲間からは「普通の親子みたい」と言われるまでになるのだが…。