「オール沖縄」の欺瞞性 地元マスコミが世論操作

元は「島ぐるみ闘争」

 沖縄県知事選挙(11月16日実施)に向け、有力な出馬予定候補者3名が9月半ばまでに出揃(そろ)った。

 保守・自民党陣営等の推す現職の仲井真弘多知事、共産・革新陣営が擁する那覇市長の翁長雄志氏、元国民新党の下地幹郎氏である。

 政策発表に先んじて3氏ともすでに選挙運動を本格化させており、県内9政党の動きと相まって沖縄はいま、熱い選挙モード全開の様相だ。

 さて、ここでは革新諸党派と、地元新聞2紙(琉球新報、沖縄タイムス)が知事選に乗じて口調を合わせ、盛んに喧伝している「オール沖縄」(沖縄はひとつ、一枚岩の意か)というフレーズを取り上げ、欺瞞(ぎまん)性を指摘してみたい。

 米軍普天間基地へのオスプレイ配備に対し、平成25年1月、配備中止と普天間基地の閉鎖等求める「建白書」が安倍晋三首相に届けられた。

 日本本土でも周知の通り、住宅地と隣接する普天間基地の危険性は指摘されて久しい。この危険性除去のために沖縄北部の名護市辺野古(へのこ)にある米軍キャンプ・シュワブに施設を代替移設しなければならず、そこが辺野古移設の核心になる。仲井真知事がもっとも強調しているところでもある。

 「建白書」には沖縄全41市町村の首長の連署があったため、それ故をもって主に革新諸党派から「オール沖縄」のフレーズが使われ始めた。1950年代、軍用地料(基地の賃貸借料)の一括払いをめぐって沖縄では反対運動が起きた。革新諸政党が主導した「島ぐるみ闘争」と呼ばれる。

 「オール沖縄」なる造語は、当時の「島ぐるみ闘争」の再現を画策する革新諸勢力に加え、煽(あお)りと偏向記事で後押しする新聞2紙の勝手なフレーズにほかならない。

 「オール沖縄」の欺瞞、詭弁(きべん)性はどこにあるか。沖縄では現在の保革が激しく対立した政治状況ではもはや「オール沖縄」の構図は破綻している。にもかかわらず、諸党派とマスコミがいまだに継承されていると強弁しているところに欺瞞がある。

 基地問題は安全保障を含め、複雑で多様な論議が存在する。

 今年1月の名護市に続く石垣市、沖縄市の市長選挙、9月の統一地方選挙等では名護市以外では基地問題以外の経済、地域振興、生活関連政策が大きな比重を占め、保守・革新対決の勝敗数はおおむね保守側に軍配が上がった。

共産党が知事選に利用

 そして保守と革新陣営がぶつかる11月の県知事選挙である。「辺野古移設」問題だけが最大の争点であるかのように徹頭徹尾、言論操作に奔走する新聞メディアがいくら再構築を叫んでも政治状況のなかで「オール沖縄」は消滅して跡形もない。

 全体的な視野を欠き、操作可能な世論調査に依拠した基地問題のみの「民意」を盾に選挙報道をリードするマスコミに危うさと疑問を抱くのは筆者ひとりではあるまい。

 折しも従軍慰安婦の「強制連行」や福島第一原発事故の「吉田調書」をめぐって朝日新聞の誤報が各方面からきびしく批判されている。自社の主張に終始した言論機関としてのいびつな報道姿勢が問われているといえる。社会の公器であるメディアの正義と責任とはなにか。

 読者としていえばやはり、一方に偏らない客観的で公平な報道姿勢を望みたい。

 話を「オール沖縄」に戻すと、共産党所属の那覇市議会議員が「本音は知事選に向けたオール沖縄の構築だ」といい切った、という記事があった(沖縄タイムス6月19日)。結局は選挙利用のプロパガンダが「オール沖縄」というわけだ。