経済制裁に反発強まる露
親露派勢力によるマレーシア機撃墜
国民の不満、政権に向かう可能性
ウクライナ東部ドネツク州でのマレーシア機撃墜事件で、親ロシア派武装勢力による誤射の可能性が高まる中、米国と欧州連合(EU)が本格的な対ロシア経済制裁を決めた。世論調査によると、欧米の経済制裁に反発するロシア国民は8割に達し、プーチン大統領の支持率とほぼ同じとなった。もっとも、経済制裁により国民の不満が高まれば、その矛先が政権に向く可能性も高い。(モスクワ支局)
「スラブ派」「西欧派」は8対2
EUが踏み切った初の経済制裁と、米国の追加制裁は、エネルギー、金融、軍需というロシアの基幹産業を標的としている。国営石油会社ロスネフチ、ロシア最大の銀行ズベルバンクなど国営・政府系の5行、そして、海軍向け船舶を手掛ける「統一造船会社」などだ。
経済・エネルギー分野でロシアと強い関係を持つEUは、対露経済制裁には及び腰だったが、マレーシア機撃墜事件の犠牲者298人の大半がオランダなどEU出身者だったことから、本格的な制裁へと方針転換した。ロシア国営テレビは「冷戦後最も厳しい制裁」と伝えた。
もっとも、ロシアは強気の姿勢を崩していない。下院では有力議員らが「経済制裁により消費者は自国製品を買うようになり、ロシア国内産業は大きな恩恵を受ける」と口々に表明している。一般市民の間でも同様だ。世論調査基金が行った「欧米の経済制裁を恐れるか」との調査でも、約80%が「恐れない」と回答し、「恐れている」との回答約20%を大幅に上回った。
この世論調査結果を受け、ロシアの政治学者・専門家らは、19世紀のロシアで精神論争を巻きこした国粋主義的なスラブ派と、西欧市民社会を理想とする西欧派の対立になぞらえ、現在のロシアはスラブ派が80%、西欧派が20%の割合であると結論付けた。
このスラブ派の国粋主義的傾向に拍車をかけたのが、ロシアの旧石油大手ユコスの株主グループがロシア政府に補償を求め提訴した裁判の結果だ。オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所(PCA)は28日までに、ロシア政府に、約500億㌦(約5兆1000億円)の支払いを命じる裁定を出した。
ユコスは、ロシアのオリガルヒ(富豪)の筆頭だったミハイル・ホドルコフスキー氏が社長を務めていた。しかし、同氏が野党勢力に資金援助を行い、さらに、外資との提携を図ろうとしてプーチン大統領と政治的に対立。2003年に脱税や国有資産横領の疑いで逮捕され、05年に有罪判決を受けた。ロシア政府はユコスを解体し国有化した。
ソ連崩壊後の市場経済化で、主にユダヤ系のオリガルヒが疑惑の多い国有資産民営化を通じて巨万の富を手に入れたことを、スラブ派は「ロシア民族の富が欧米主義者らに強奪された」と非難している。スラブ派は今回のPCAの裁定について、ウクライナ問題を受けた政治的決定とした上で、欧米がロシアの富を強奪しようとする試みだと非難。ウクライナを欧米から取り戻すため、「ウクライナのファシスト(親欧米政権)」と本気で戦争を行うべきであり、ロシアは欧米と袂を分かち、中国と手を結ぶべきと主張している。
一方、西欧派は、PCAの裁定を「公正なもの」と評価する。欧米の経済制裁について、リベラル系として知られるテレビ局「ドーシチ」の番組では「ロシアは欧米の経済制裁になすすべがない」と悲観的な見方を示し、「プーチン大統領の側近らだけでなく、国民全体が大きな被害を被る」と懸念を示した。
80%を占めるとされるスラブ派の後押しを受け、プーチン大統領の支持率も80%前後と極めて高い水準を保っている。プーチン政権が強気な理由もここにある。しかし、これでプーチン政権が安泰かといえば、そうとまでは言い切れない。欧米の経済制裁が、物価の上昇や景気低迷などで人々の生活に目に見える影響を与え出したとき、欧米に対する反発がさらに強まる可能性が高いが、その一方で逆に、国民の不満が政権に向かって噴出する可能性も十分にあるからだ。
ロシアの歴史では、熱狂的な愛国主義が、一転して権力者に対する憎悪に変わったケースを見ることができる。第一次大戦当初、敵国ドイツを前に「ツァーリ(皇帝)のため、祖国のため命を捧げる」とロシア人の愛国心が燃え上がったが、長引く戦争と物資の窮乏、ロシアの後進性を目の当たりにして前線からの脱走も続発。愛国心はツァーリへの憎悪に変わり、ロシア革命に至った。