神話的思考のすすめ 心に住む天才が協力する

米女流作家のスピーチ

 2006年、カリフォルニア州モントレーで、知的で創造的なアイデア発信イベントTED(テッド)が産声をあげた。創設したのは、アメリカの建築家リチャード・S・ワーマンである。

 急速に変化する社会のニーズに対応するため、知的アイデアを創造しようと企画されたこのプログラムは、瞬く間に世界に広まった。2009年には日本に上陸し、TEDxTokyo(テデックス東京)が、そして2012年にはTEDxSapporo(同札幌)がスタートした。

 世界中のTEDは、いずれもNPO(非営利団体)で運営されている。TEDxは、TEDのライセンスを受けて創設されたもので、運営はやはりNPO。TEDというネーミングは、テクノロジー、エンターテインメント、デザインのそれぞれの頭文字からきている。

 世界を変革するようなアイデアを、T、E、Dの三つのジャンルから発信するというコンセプトで始められたが、現在は、ビジネスや科学、国際問題や教育なども視野に入った。マイクロソフトのビル・ゲイツやビル・クリント元大統領も、スピーカーとして登壇している。

 私は今、このプログラムに高い関心を持っている。世界中で行われているTEDの数多くのスピーチが無料でネット配信されていて、質の高いアイデアを聞くことができるからだ。それは著名なスピーカーだけに限らない。まったく私が知らなかったスピーカーの発言に、大きな感銘を受けることも少なくない。

 そうした一人に、アメリカの作家エリザベス・ギルバートがいる。『食べて、祈って、恋をして』が1000万部の世界的ベストセラーとなった。ユーチューブ(You Tube)のアクセス数も900万回に届こうとしている。しかし、彼女にも悩みがあった。次の作品へのプレッシャーだ。「第一作を超えるような作品が書けなかったらどうしよう」と。

 彼女は、それを、自分の心に住み着いたジーニアス(天才)に協力してもらうことで切り抜けたという。ジーニアスは、ラテン語のダイモン(精霊)に由来する。私たち人類は、目には見えない「何か」を信じてそれを心に描くことができる。それは、宗教的、文化的な創造ではなく、人類が生まれながらに持っている生理的思考能力であることは、脳科学や心理学が明らかにした。私は、これを神話的思考と呼んでいる。

重なる縄文人の世界観

 私はすぐに、彼女のスピーチを、縄文人の思考能力に重ね合わせることができた。縄文人が、あのように奇妙奇天烈、摩訶不思議な土偶や土器を創造したのも、現実の社会(自然環境)を理解するための、縄文人なりの「科学」なのだ。土偶は、ギルバートの言うジーニアスであり、神話的世界観がなければ、けっして生まれることのない造形だ。ただし考古学者は、このことを非科学的といって認めようとせず、相変わらず土偶の形の合理的な理由を考えようと、むなしい努力を続けている。

 私は、ギルバートのスピーチに救われる思いがした。西洋合理主義の国アメリカに生きる彼女の発言は、とても意味深い。人間の創造的能力の基盤に、合理的思考だけでなく神話的思考が存在することを示しているからだ。神話的思考は、人類に普遍的なものの考え方なのである。

 かつて、このことに気付いた心理学者のカール・ユングは、これを普遍的無意識と呼んだ。残念なことに当時は、それが脳によって作り出された心だということを証明できなかった。

 もし今、ユングが生きていたら、ギルバートのジーニアスも、普遍的無意識のなせる技だと論じたに違いない。そんな感慨を胸に、この7月13日のTEDxSapporoに私は登壇し、縄文人の神話的世界観を語る。