金正恩氏の思惑、「核」連呼で国内引き締め


金正恩氏の思惑 北朝鮮第8回党大会(上)
金正恩氏の思惑 北朝鮮第8回党大会(下)

米韓揺さぶりも道筋見えず

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は5日から12日まで開催した第8回党大会で、経済計画の未達成を認める一方、核兵器能力を繰り返し強調し、かつて祖父や父が付けていた「総書記」の肩書を復活させて自らの権威付けを図った。難局を乗り切る道筋は見えたのか。党大会を仕切った正恩氏の思惑を探った。(ソウル・上田勇実)

 「経済失政を核武力で覆い隠そうという政策。その過程で民心離れに歯止めをかけようと考えているのだろう」

 北朝鮮問題に詳しい韓国の南成旭・高麗大学教授は、今回の党大会における正恩氏の最大の狙いについてこう指摘した。

 国内引き締めが主な目的である党大会では制裁、コロナ禍に伴う国境封鎖、台風などの水害によるいわゆる「経済三重苦」の克服へ発破を掛けることが不可欠だが、「核」を連呼することで住民を奮い立たせようとの思惑があったようだ。

 3日間で9時間に及んだという演説で正恩氏は「『核』という単語を36回、『核武力』という表現を11回繰り返した」(韓国メディア)。党大会の会場に集まった党関係者5000人と傍聴者2000人をはじめ、演説の中身を伝えた党機関紙・労働新聞や国営の朝鮮中央テレビを通じ、全住民に向け「核」を連呼したわけだ。

 だが、核武装路線で経済失政に対する住民の不満や怒りは収まるものなのか。北朝鮮外交官出身で韓国亡命後、総選挙で当選した保守系野党「国民の力」の太永浩議員は昨年末、トール駐韓イスラエル大使と懇談した際、次のような会話を交わしたという。

トール大使:もし自分が北朝鮮の指導者だったら核放棄し、海外資本と手を組んで投資を呼び込み、国を豊かにする合理的な道を選択する。なぜそのようにしない指導者が居座り続けることを国民は許すのか。

太議員:北朝鮮では日本統治からの解放後、土地改革をして地主から土地を奪い分配したが、朝鮮戦争を経て韓国に逃げた地主が北に攻め入る機会をうかがっているため、今の体制を維持しなければならないと教育している。これと似た発想で核を持たないと米軍が攻撃してくるという教育が続けられている。

 つまり北朝鮮は自国住民に対し、経済的に苦しくても核を放棄すれば土地や国を失うというより大きな災難に遭うという恐怖心を植え付けてきた。核は独裁政権にとって延命手段であるだけでなく、住民にも生活を担保する「伝家の宝刀」のように教え込まれているということだろう。

 注目された対米政策をめぐり正恩氏は、バイデン米次期政権への対決姿勢を鮮明にさせた。米国を「最大の主敵」と称し、米国の対北敵対政策を理由に改めて核保有を正当化。初めて公式に認めた原子力潜水艦の建造計画などで揺さぶりを掛けた。

 とはいえ経済好転には米国と交渉し、制裁緩和を引き出すしか道はない。バイデン政権の外交安保の布陣が決まり次第、「寧辺核施設とそれ以外の一部核の廃棄で制裁緩和の見返りを求めてくる」(元韓国政府高官)とみられる。

 また党大会では党規約が改正され、強力な国防力で統一を前倒しすることを明記し、武力統一の野望をのぞかせた。一方で正恩氏は「北南関係が回復するか否かは南朝鮮(韓国)当局の態度に懸かっている」と述べ、韓国の文在寅政権を揺さぶった。

 だが、正恩氏の思惑通りにいくだろうか。残り任期1年余りとなってレームダック(死に体)化の兆しが見え、朝鮮半島の平和定着というレガシー(政治的遺産)づくりを急ぐ文氏だが、米国との衝突を覚悟してまで対北経済支援に踏み切るかは不透明だ。

 盛大に開催された党大会だったが、前途多難で正恩氏の心中は穏やかではなかったはずだ。