金正恩氏の思惑 妹降格「米朝決裂の引責」

金正恩氏の思惑 北朝鮮第8回党大会(上)
金正恩氏の思惑 北朝鮮第8回党大会(下)

中国の支援で持久戦覚悟か

 党大会では幹部の人事も発表されたが、最も関心を引いたのは正恩氏の妹・与正氏の降格だ。党の最高幹部は約30人いたが、与正氏はその役職の一つである党中央委員会政治局員候補を外され、さらに党第1副部長から格下の党副部長になった。

北朝鮮の金与正氏=2019年3月、ハノイ(AFP時事)
北朝鮮の金与正氏=2019年3月、ハノイ(AFP時事)
 党大会終了の日、与正氏は北朝鮮で軍事パレードの兆候が見られたと発表した韓国合同参謀本部を強く非難する声明を出し、存在感を誇示した。これをめぐり韓国の北朝鮮問題専門家らは「降格は実質的な地位低下とは言えない」と口を揃(そろ)えるが、実は降格の背景には大きな政治的判断があったようだ。

 北朝鮮の内部事情に詳しいある消息筋はこう述べる。

 「2019年のハノイ米朝首脳会談が決裂した後、さらにトランプ大統領再選の道が途絶えたことで、正恩氏が最終的に米朝対話失敗の責任を妹に負わせたのが今回の降格人事だ」

 同筋によると、政治的野心があると言われる与正氏はハノイでの会談で、トランプ氏との間で完全な核放棄と全面的制裁解除のビッグディールを交わすことに意欲的だったされる。ところが、会談決裂で与正氏は今回と同じように政治局員候補を解任され、動静はしばらく途絶えた。

 その後は復権を果たしていたが、バイデン新政権発足が確実となり、トランプ氏との取引に前のめりだった与正氏の降格に踏み切った。「たとえ兄妹の仲であれ、一国の最高指導者として私情に流されるわけにはいかず、けじめをつける必要があった」(同筋)ということだろう。

 米国に近づき過ぎた妹の路線を否定した正恩氏にとって、当面の経済的危機克服には中国の支持、支援が一層不可欠になっている。

 習近平国家主席は、党大会に際し正恩氏宛てに送ってきた祝電で「中朝二国は山と河がつながっている親善的な社会主義の隣邦だ。中朝関係を立派に守り、固め、発展させていくことは中国の党と政府の確固不動なる方針だ」と述べた。

 中国は地理的にも政治理念的にも近い北朝鮮を今後も経済支援し続けるという、正恩氏にとってはありがたいメッセージだ。

 これに対し正恩氏も習氏宛て返礼の電報で「私たちにとって大きな力と励みになる」と述べた。バイデン米次期政権の対北政策を見極めるにはまだ時間がかかる上、方針が決まってもトランプ式トップダウンの米朝交渉は期待できない。中国に頼り、持久戦を覚悟している可能性もありそうだ。

 正恩氏は党大会期間中に誕生日を迎え、満37歳になった。父、正日氏の死去を受け後継者として国家統治の舵(かじ)取りを任されてから今年でちょうど10年だ。だが、10年前と比べ顔色は優れず、ストレスや重圧のためか体重も50㌔以上増えたと言われる。健康不安は増すばかりだ。

 党大会最終日の「結論」で正恩氏は「敵対勢力は狂ったように私たちの前途を遮ろうとするだろうが、世界は党の政治的宣言と闘争綱領がどのように実現されていくかを見守ることになろう」と語った。

 しかし、実態はその逆だろう。北朝鮮を幸福な道へ誘おうとする国際社会の働き掛けを独裁者の正恩氏が拒み、自縄自縛に陥る姿をさらけ出しているだけだ。正恩氏の孤独な戦いはいつまで続くのだろうか。

(ソウル・上田勇実)