「武漢ウイルス」呼称 発生源と責任の明確化

全体主義との闘いの象徴

 WHOが決めた新型コロナウイルスの正式名称は「COVID―19」だ。ウイルスによる感染症は、「香港風邪」「スペイン風邪」など、発生源の地名を入れて呼ばれることがある。近年でも、コロナウイルス感染症の「中東呼吸器症候群」(MERS)があったが、中東諸国から反発があり、それ以降、地名が感染症の名称に使われることはなくなった。

 それでも、新型コロナも「武漢ウイルス」にした方がその発生源とパンデミックの元凶が明確になるという効果があるのだから、そうすべきだという意見がある。実際、米国政府関係者は武漢ウイルスと呼んでいる。25日に行われた先進国7カ国(G7)外相会合でも武漢ウイルスと呼ぶように主張した。

 もちろん、こうした米国側の姿勢に、中国は強く反発する。外務省報道官に至っては「米軍が新型ウイルスを武漢に持ち込んだ可能性がある」と、米国に責任を転嫁する発言を行っているが、それだけこの名称によって、共産主義の危険性が世界に認識されることを恐れているのである。

 わが国の論壇でも、国際社会での中国の影響力拡大に危機感を募らせる保守派が武漢ウイルスを使っている。4月号の論考執筆者の中でその代表は、ジャーナリストの櫻井よしこ(「安倍総理よ、『国民を守る』原点に帰れ」=「文藝春秋」)と、東洋学園大学教授の櫻田淳(「武漢ウイルス禍対応の『本質』」=「正論」)だ。また、26日発売となった「Hanada」5月号は、「武漢肺炎、日本は負けない!」と特集名に「武漢」を使っている。

 櫻井が「一党独裁であるがゆえに、中々、自らの非は認めません。責任は必ず他者に転嫁します」と、中国について述べているように、武漢ウイルスの呼称に対する中国側の強い反発は、中国共産党の体質を表すものである。

 一方、呼称についての米国政権のこだわりは、発生源を明確にすることが今後も予想される新型ウイルス対策につながるという考えとともに、全体主義や権威主義の国家から「自由な社会」を守ろうとする強い意志の表れなのである。

 その点、日本政府はどうか。櫻田が鋭い指摘を行っている。「日本政府の初動対応が不安を招いたのは、その対外姿勢における軸足の動揺にこそある」。習近平主席の国賓来日を控えていたことや経済活動への影響などから中国に配慮した結果、思い切った対応を取れなくなってしまったのは間違いない。

 新型コロナ禍はいずれ収束するだろうが、中国を発生源とする新たな感染症が日本を襲う可能性もあるのだから、今回を教訓として、日本政府が今後の対中政策における軸足を明確にすることは極めて重要である。(敬称略)

 編集委員 森田 清策