中露の台頭前に後退する米国

トランプ氏がアジア歴訪
いまだ定まらない戦略

米コラムニスト デービッド・イグナチウス

デービッド・イグナチウス

 トランプ大統領は12日間のアジア歴訪を終えた。歴訪をまとめるとすれば、ユリウス・カエサルの言葉をもじって「来た、見た、媚びた」となるだろうか。

 歴訪は、力の誇示というよりも巡礼に近いものだった。米国の政策についてはほとんど説明せず、他国の指導者らに助けを求め、褒めそやし、その世界観を受け入れた。

 このお世辞ツアーでトランプ氏は、安倍晋三首相との関係を「類いまれな」と言い、中国の習近平国家主席に対して「信じられないほど温かい」感情を持ち、習氏を「非常に特別な人」と呼んだ。フィリピンのドゥテルテ大統領は「大変な成功者」で、「非常にいい関係」を築いたと語り、ロシアのプーチン大統領に共感を持ち、ロシアは「わが国にとって財産であり、債務ではない」と持ち上げた。

 その上で、行く先々で自らを称賛し、帰国の途上、記者団に、歴訪は「大成功」であり、「考えられないほどの成果」を上げたと自賛した。

◇大統領選介入を否定

 歴訪は確かに歴史的だったかもしれないが、恐らくトランプ氏が思っていたものとは違う。中国の台頭を米国が受け入れ、好戦的なロシアとの関係修復に前向きに取り組むことで、米国の安全を確保しようとしたようだ。だが、これで米国が安全になる保証はほぼない。1945年のヤルタ会談で米国が、東欧でのソ連の覇権を容認する姿勢を示したように、今歴訪では中国が太平洋の大国として台頭することを容認したようだ。習氏はトランプ氏に「太平洋は広く、中国、米国両国を十分に収容できる」と話した。

 トランプ氏は、攻撃的なロシアを容認する意思をも明確にした。昨年の米大統領選に密かに介入したことを否定したプーチン氏の言い分をうのみにし、「プーチン大統領は本当に、選挙に介入していないと、心から思っている」と語った。

 元中央情報局(CIA)高官がこう言った。「ディールがKGB(旧ソ連国家保安委員会)を満足させるものなら、KGBの勝ちだ」と。

 だが、トランプ氏がプーチン氏の言い分をうのみにしたことよりも、はるかに重要なことがある。米国の国際的地位の向上をロシアに支援してほしいと思っていることだ。トランプ氏は、北朝鮮をめぐるレッドラインを声高に訴えるが、レッドラインを超えさせず、戦争を起こさないようにするには、中国だけでなく、ロシアの支援も必ず必要になる。北朝鮮、そしてシリアについてロシアの支援を得るためなら。トランプ氏はプーチン氏の言い分を喜んで受け入れることだろう。

 これが、トランプ氏がハノイでの記者会見で行った発言の理由だ。歴訪中、最も重要な発言と言っていいかもしれない。「人々は、ロシアが重い、重い制裁を科せられていることが分かっていない。今こそ、砕かれ、破壊された世界を元通りに修復すべき時だ。…ロシアとは常に対立しているが、友好的な姿勢を示すことは、世界にとって利益になる」

 トランプ氏が外国指導者にへつらう一方で、米国の戦略は定まらない。共和党の有力スタッフの一人は「米国は漂流している」と話した。国防総省、シンクタンク、大学の無党派アナリストらからも同様の主張が聞かれる。ロシア、中国、イランが急速に軍事力を高めており、トランプ政権も軍事力強化を表明した。だが、これらの潜在的敵国と実際にどう戦っていくつもりなのかについての決定は下されていない。

◇書簡で国防長官非難

 中露を温かく迎え入れることに反対する共和党のマケイン上院軍事委員長は、10月27日のマティス国防長官宛ての書簡で、両国に対抗する戦略的決定を政権がなかなか下さないことを激しく批判した。この書簡はあまり知られていないが、がんを患ったマケイン氏はこのところ、怖いものなしだ。

 マケイン氏はこの書簡で「米国が現在直面している安全保障環境は、1970年代のように非常に複雑だ。敵対国が友好国のように迎えられる一方でますます発展を遂げており、米国が優先順位を間違い、装備の調達に失敗すれば、対抗するために欠かせない防衛力を失うことになる。…敵対国に対しかつて持っていた大幅な力の優位はすでにない。好きなところで、何でもできる状況ではない。選択が必要だ。優先順位を決めなければならない」と主張した。

 マケイン氏と同じような考えを持つアナリストはいるが、その多くは鳴りを潜めてきた。トランプ氏について最も懸念すべき点は、衝動的な軍事的脅しではない。これも懸念すべきことであるけれども、それ以上に懸念すべきは、国家安全保障に関して恰好ばかりで中身がないことだ。決定を下さず、優先順位も決めない。

 トランプ氏はナルシストでありながら、他人にへつらう。自分の好きなことしかしない。トランプ氏なりに考えれば、このようなリアリズムとへつらいを合わせた戦略になるのかもしれない。アジア歴訪を見て私は、米国はぴかぴかのブラスバンドともに後退していると感じた。

(11月15日)