米軍、無償で兵士の性転換手術
米軍は心と体の性別が一致しない「トランスジェンダー」の兵士に対し、性転換手術などを無償で受けられるようにしている。性的少数者(LGBT)の権利拡大に積極的だったオバマ前政権が導入した政策だが、性転換手術は費用が高く、大幅な医療コストの増加を招くとの試算もある。その結果、兵器や訓練の予算にしわ寄せが行き、戦力に悪影響を及ぼすとの懸念が出ている。(編集委員・早川俊行)
LGBT配慮、前政権が導入
医療費増、戦力にしわ寄せも
新規入隊は延期に
オバマ政権がトランスジェンダーの軍務を禁じた規定を撤廃すると発表したのは昨年6月。2011年に解禁されたレズビアン、ゲイ、バイセクシャル(両性愛者)と合わせ、LGBTすべてが軍務に就くことが可能になった。
これに伴い、性同一性障害を患う兵士は外科手術やホルモン療法など性転換の治療が公費で賄われることに。内部告発サイト「ウィキリークス」に機密情報を漏らし、35年の禁錮刑に処されたマニング陸軍上等兵(大統領の恩赦で減刑)に対しても、女性への性転換手術が認められた。
問題はそのコストだ。国防総省に近いシンクタンク、ランド研究所は、性転換関連の医療費は年間240万~840万㌦(約2億7000~9億3000万円)と試算し、国防予算全体では小規模にとどまると主張している。
これに対し、保守系有力団体「家庭調査協議会」のピーター・スプリッグ上級研究員は、実際には膨大な費用を要すると反論。性転換手術は10万㌦程度掛かるほか、その前後にカウンセリングやホルモン療法も必要になり、10年間で10億㌦近く掛かる可能性があると試算している。
さらに、治療で長期間任務を離れることで生じる間接的コストも加えると、10年間で37億㌦に達する可能性も。これはイージス艦を1隻、F35戦闘機なら22機購入できる金額だという。
米軍内の性同一性障害の人数や治療を要する割合が分からず、正確な費用を見積もるのは不可能だ。それでも、今後、トランスジェンダーの新規入隊も受け付けるようになれば、高額な性転換手術を無償で受けられることが「磁石」(スプリッグ氏)となって入隊を希望する者が現れることは十分考えられる。
また、性転換治療を受けた兵士は、戦地に派遣できなくなる可能性もある。長期的に特別な治療を要する場合は、医療施設が整わない場所に送ることができないからだ。
共和党のビッキー・ハーツラー下院議員は「戦えない兵士を作り出すのは理解できない」とし、戦力強化につながらない性転換手術の提供は予算の無駄遣いだと主張。ハーツラー氏は2018会計年度の国防権限法案に性転換治療費の支出を禁ずる修正案を提出したが、民主党に加え共和党の一部も反対に回ったため、否決されている。
トランスジェンダーの軍務解禁は、コスト面だけでなく士気や結束にも悪影響を及ぼすとの指摘もある。身体的には異性の兵士と寝食を共にすることになり、プライバシーの問題が生じる。また、トランスジェンダーの兵士が性転換の治療で任務を離れれば、他の兵士たちに負担が及ぶ。
本来は7月からトランスジェンダーの新規入隊を受け付ける予定だったが、マティス国防長官は現場の強い懸念を踏まえ、実施を来年1月に延期し、その影響を再調査することにした。
保守派はトランプ政権に対し、トランスジェンダーの軍務解禁を撤回し、「軍の即応能力を無視した前政権の社会実験プロジェクト」(ジェリー・ボイキン元国防副次官)をやめるよう強く求めている。