パラグアイ北部で大規模な伐採 森林消失「1日2000ヘクタール」


 ここ数年、ブラジルの厳しい環境保護法や当局による取り締まりから逃れてやって来た開発業者が、資金力にものを言わせてパラグアイ北部の密林で乱開発を行っている。地元環境保護関係者の協力を得て、「世界最悪」とも言われるパラグアイ密林の乱伐の現状をルポした。(綾村 悟、写真も)

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うち捨てられた木と重機で破壊された森

 「この森に国内外を問わずメディアを案内するのはあんたが初めてだよ、なにしろここ(チャコ地方アルト・パラグアイ県)はパラグアイ人にとっても隔絶された土地だからね、俺のような土地をよく知った牧童や先住民の案内がなければ取材は難しいと思うよ」

 案内役のマリオさんが、チャコ特有の椰子(やし)の木が生い茂った密林をナタで切り広げ、奥地へと先導しながら話を続ける。気を付けなければならないのはまだ若い椰子の木だ。枝には鋭いとげが生えている。

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 取材の起点となったのは、アルト・パラグアイ県の東境中間点に位置する、パラグアイ川沿いの小さなレダ港(プエルト・レダ)。上陸した後は、四輪駆動車で悪路を何㌔も走り抜けながらチャコの密林の中に入り込む。途中からは、違法伐採業者に見つからないように、徒歩で密林の中を何㌔も歩かなければならない。

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なぎ倒された木を前に憤る道案内人のマリオさん

 「ここはパラグアイでも隔絶された土地だから、警察も軍も入ってこない。外国(主にブラジル)から来た開発業者や牧場主はやりたい放題さ。連中の一部は土地マフィアみたいなもので、完全武装しているから地元の人間も怖がって近寄らない。森の中で会っても絶対に刺激しないでほしい」

 アマゾン熱帯雨林の保護に世界的関心が注がれる中、その陰に隠れて目立たないが、パラグアイの森林伐採は世界最大規模だ。パラグアイの首都アスンシオンで日系人向けの新聞「日系ジャーナル」を出版する伊藤玄一郎さんは断言する。 「パラグアイの森林伐採が世界で最も早く進行しているのは間違いないと思います。(近年では)1日で2000㌶もの森林が開発や違法伐採で消失しています」

パラグアイ・チャコ地方ルポ

40㌔続く不法伐採道 人材・装備欠く軍や警察

 マリオさんの先導で密林の中を進むが、湿地帯ということもあってチャコの密林の中はとても蒸し暑い。水分補給用にと持ってきた2㍑のペットボトルの水があっという間になくなっていく。歩きながら、大きくしかも新しい貝殻が森林の中にいくつも落ちているのを見つけた。「ここがパンタナールの一部だという証だよ。増水期には森林の奥まで水が押し寄せてくる。パンタナールを含むこの一帯は昔は海の底だったんだ、地中を少し掘れば塩水が出てくるよ」とマリオさんが説明する。

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違法伐採を目的に延々と森を破壊してつくられた道

 「あと少しだ、我慢してくれ」と言われてからさらに数㌔、太古から続く自然が手つかずで残っている神秘的なチャコの森の風景が、いきなり変わった。

 それは、すぐには信じ難い光景だった。木々がなぎ倒された幅数㌔の道路が、地平線まで延々と続いているのだ。

 マリオさんが地平線を指しながら説明する。「開発用の道路だよ。開発前にはこのようにしてブルドーザーやチェンソーで何㌔もの直線の道をまずつくるんだ。その道を整地して、滑走路をつくって国境が近いブラジルからさまざまな土木機材を運び込むのさ」

 「この道は俺の知っている限り40㌔は続いているよ。この道を起点にして左右にまず木を切り開いて木を売る。その後は牧場にして牛を育てる。開発した後で土地を転がすケースもあるね」

 マリオさんの憤ったような声が響いた。

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そこかしこにある貝殻は雨期になると森の多くが冠水する証拠

 首都アスンシオンの法律専門家によると、開発業者は、地方政府の役人や判事を抱き込んで、偽の登記簿を本物のように見せかけるなど日常茶飯事で行っている。元の地主や環境保護団体が裁判に訴えれば、裁判を引き延ばし、「開発したいだけ開発して最後は逃げる」(同法律専門家)という。

 アスンシオン在住のメディア制作プロデューサー、ペドロ・エスコバルさん、が国会の現状を説明する。

 植林を義務づける“ゼロ法”より一層厳しい法案が提出されていますが、利権などをめぐる動きもあってここ何年も審議にまで入っていないのが現状です」

 海外のNGO団体などを通じて外からの圧力をかける必要があるのではないか、という疑問には、「パラグアイの森林保護に対しては、海外からの圧力と同時に支援も必要です。正直なところ、パラグアイの森林を守るための資金援助を含めたシステム作りが欠かせないと考えています」という答えが返ってきた。

 案内役のマリオさんが話を続ける。

 「チャコで乱開発をやっている連中のほとんどが違法で森林伐採や開発をしているんだよ。ただし、さっきも言ったようにここは警察や軍でさえも簡単には入れない土地なんだ。それに、パラグアイの警察や軍には環境保護に十分に対応するだけの人材や装備もないからね。金にものを言わせた開発がまだまだ幅を利かせる土地なんだよ」

 隔絶された土地だったが故に、太古の自然のまま守られてきたチャコとパンタナールに伸びる乱開発の手。容赦なく切り倒された木々の残骸から、森の悲痛な叫び声が聞こえる気がした。

 パラグアイのチャコ地方 南米パラグアイは、周りをブラジルやアルゼンチン、ボリビアに囲まれた内陸国だ。国土面積は約40万平方㌔㍍。日本の総面積を若干上回る国土に692万人が住む。国内総生産(GDP)は約300億㌦、隣国ブラジルの約80分の1にすぎず、環境問題でもアマゾン熱帯雨林を抱えるブラジルの影に隠れている。
 ただし、パラグアイの自然は実に豊かだ。特に、ボリビア、ブラジルと国境を接するパラグアイ北部は「チャコ地方」と呼ばれ、ブラジル、ボリビアをまたぐ「パンタナール」と共に、アマゾンに次ぐ「南米第2の肺」とも呼ばれるほど、環境・自然保護や温暖化対策において欠かせない地域でもある。その中でも、パラグアイの北東部に位置する「アルト・パラグアイ県」は、交通手段に乏しくパラグアイ人さえもが足を踏み入れない極過疎地として、長きにわたって手つかずの自然が残ってきた土地として知られている。