ブラジルの少年院入所者の4割が凶悪犯罪
刑法「18歳の壁」悪用した殺人事件契機に
適用年齢引き下げで議論
南米ブラジルにおいて、刑法の適用対象年齢を現行の18歳から16歳にまで引き下げようとする法案が国会で審議されている。少年犯罪の凶悪化に歯止めをかけようとする動きだが、更生の機会を奪うなど反対論も根強い。(サンパウロ・綾村 悟)
「更生の機会奪う」と反対論も
ブラジルで昨年3月、少年犯罪の凶悪化を象徴するような事件が発生、世間を震撼(しんかん)させた。当時17歳だった少年が、交際のもつれから14歳の少女を銃で殺害した。これだけなら、銃器犯罪が後を絶たないブラジルにおいてそれほど注目を集めることはなかっただろう。
問題となったのは、当該の少年がブラジルにおいて刑法の適用を受ける18歳の誕生日の1日前に犯行に及んだということと、少年が犯行後、平然とした様子で知人宅でサッカー観戦を行い、かつ少女殺害にいたった経緯などを簡易ソーシャルメディアのワッツアップ(LINEに相当)に流していたことだ。
罪意識の希薄さと、「18歳の壁」を悪用したかのような行動は、ブラジルのメディアなどで少年犯罪に対する議論を巻き起こすきっかけの一つとなり、少年法の適用対象年齢引き下げを求める声が高まってきた。
ブラジルでは、殺人罪は成人ならば30年の懲役刑に相当する刑罰を受け、刑務所で服役することになるが、18歳未満であれば、少年院に3年未満の入所で済まされる。こうした「18歳の壁」を初めから悪用したと思われる殺人事件などの凶悪犯罪も多発しているという。
サンパウロ市内の少年犯罪に例を取ると(サンパウロ州当局発表)、同市内の少年院に入所している少年の実に8割近く(78・8%)が刑法で処罰される犯罪を犯しているだけでなく、さらに、その半分以上が凶器を使用した強盗や電撃誘拐、殺人事件などを起こしているという。ブラジルの少年犯罪の闇の深さがわかる数字だ。
こうした中、ブラジル下院議長のクーニャ氏(ブラジル社会民主党=PSDB)による憲法改正法案「第171法案(PEC171)」が、ブラジル下院の特別委員会に提出されることとなった。
当初の草案では、犯罪の種類にかかわらず、刑法適用対象年齢を18歳から16歳に引き下げる憲法改正案となっていた。
クーニャ議員をはじめとする改憲派の主張は、16歳なら善悪の判断が十分につくと考えられることや、ブラジルにおいて16歳で選挙権が与えられていることが論拠となっており、犯罪を犯した少年が短期間で社会に復帰することで、一般市民に危険が及ぶとの意見もある。
しかし、メディアや法案に反対する市民からは、全面的な適用対象年齢の引き下げに関する反対も多く、「更生の機会を奪う」「法律や刑務所の整備よりも教育への予算を増やし、教育を充実させるべきだ」など、憲法修正は一時しのぎにすぎないとの批判が出てきた。
こうした意見を受け、下院の特別委員会は、刑法適用対象年齢の引き下げを殺人やレイプなど凶悪犯罪に限定した修正案を提出、賛成多数で受け入れられた。また、責任能力の有無の判定に裁判所の判断が必要ないことが盛り込まれた。
一方、修正案には、刑法適用対象年齢引き下げの対象となった少年が、通常の凶悪犯罪者らと同じ刑務所などに入れられてしまうことを防ぐことも法律の中に入っており、専用の刑務所の整備が求められている。
ブラジルの刑務所は環境が劣悪で更生施設としての機能はほとんど果たしておらず、犯罪者の再犯率が非常に高い。少年の更生の機会を奪うことになってしまうという危惧からの措置だ。
凶悪犯罪に限って刑法適用対象年齢を16歳に引き下げるという憲法の修正法案は、今月1日に審議が行われたが議決の結果否決された。しかし、クーニャ下院議長は、否決された法案に若干の修正を加えた上で他の政党に働きかけ、翌日の2日に再度の議決を求め、結果として賛成多数で憲法改正法案は通過した。ただし、この議決をめぐっては、修正の範囲や再可決の手順などをめぐって議論が起きており、今後の上院審議も含めて、刑法適用対象年齢引き下げをめぐる議論はこれからも続くことになりそうだ。