安倍首相訪米、中国の戦略意識し日米連携強化
安倍首相の4月末のワシントン訪問は、米議会上下両院合同会議での演説をはじめ多くの意味で歴史を画するものとなった。同時に首相訪米、日米関係強化の背景には、いつも中国の存在が見え隠れしていた。
(ワシントン・久保田秀明)
新国際経済秩序構築狙う中国
防衛協力新指針とTPPで対抗
安倍首相訪米の中心的成果の一つは、1997年以来18年ぶりの日米防衛協力指針(ガイドライン)改定である。新指針は自衛隊の活動範囲をグローバルに拡大したが、とくに日本にとって重要だったのは、有事での協力項目に島嶼防衛が加えられたことだ。中国という国名の言及こそないが、尖閣諸島で領海侵入を繰り返している中国の存在を明らかに意識したものである。
また先月28日の日米首脳会談後の共同記者会見では、オバマ米大統領は対日防衛義務を定めた日米安全保障条約第5条に言及し、「尖閣諸島を含む日本の統治地域に適用される」と明言した。
オバマ大統領は昨年4月の訪日の際にこの立場を初めて公に表明したが、今回が2回目。中国の行動への抑止効果を念頭に置いた発言だったことは間違いない。同大統領は、中国の南シナ海での岩礁埋め立てなどの活動にも触れ、「日米は懸念を共有している」と強調した。安倍首相も、「いかなる一方的な現状変更の試みにも断固反対する」と言明した。
さらに共同記者会見で、両首脳は中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)にも、あえて言及した。安倍首相はAIIBに関して、「公正なガバナンスや債務の持続性、環境、社会に対する配慮の確保が必要だ」と述べ、AIIBの運営体制に疑問を表明した。これについては、オバマ大統領も同調し、AIIBへの対応での連携も確認した。
今回の安倍首相の訪米で、日米防衛協力の強化とともに焦点になったのは環太平洋経済連携協定(TPP)だ。12カ国が交渉に参加するTPPで、日本が交渉に参加したのは2013年3月で参加国の中では一番遅かった。安倍政権は世界第3の経済大国であり交渉参加国の中では米国に次ぐ経済大国である日本の交渉における重要性を認識している。オバマ大統領と安倍首相は会談後、TPPについて「日米間の協議の進展は全体の交渉妥結の大きな推進力になる」と述べ、日米がTPP交渉を主導的に牽引するという意欲を表明した。日米が従来にも増してTPPに力を入れている背景にも、中国のAIIB創設をはじめとする動きがある。
AIIBは中国が提唱、主導しているが、英仏独など欧州主要国を含む57の国と地域が参加を表明している。この数は米国や日本の予想を大幅に上回った。とくにアジア諸国の場合、インフラ整備に必要な資金を調達する機会を拡大したいという単純な経済的動機が参加の中心的理由になっている。
アジアでは2020年までに必要になるインフラを構築・整備する費用が8兆㌦と見込まれている。AIIBは当初の資本金を500億㌦、最終的には1000億㌦として、このアジアのインフラ整備資金のギャップを埋めることを目指す。
中国はまた中央アジアを経て欧州に至る陸上交通路、東南アジアを経て中東に至る海上交通路を開くために道路、港湾などのインフラを整備する400億㌦の基金を創設するシルクロード構想を最近打ち出した。
中国がAIIB、シルクロード構想などで狙っているのは単なる経済活動ではなく、中国を中心にした新しい経済秩序の構築だ。その経済秩序を基盤にして、政治、外交、安全保障などでも地政学的影響力を強めることにあると見られている。これは第2次大戦後のブレトン・ウッズ体制を支えてきた欧米主導の世界銀行や米国、日本が主導するアジア開発銀行などを軸にした国際経済秩序への真っ向からの挑戦である。
中国は、ブレトン・ウッズ体制のもう一つの柱である国際通貨基金(IMF)で中国はじめ新興国の出資比率、発言力を拡大するIMF改革を要求する中心になってきた。IMFは最大の出資国である米国が主導権を握っており、その改革は米議会が承認する必要がある。オバマ大統領は2010年にIMF改革案を支持したが、米議会は改革案の表決、承認を先延ばしにしている。
オバマ政権は、戦後の欧米中心の国際秩序を改変しようとする中国の試みを意識しており、これに対抗する姿勢を強めている。米国にとってTPPは単なる貿易・投資の協定ではなく、中国の新国際経済秩序構築に対応するものであり、アジアへのリバランスの戦略的布石だ。米対中戦略における柱の一つであることはいうまでもない。