弱まる米のアジアへの影響力

 オバマ米大統領は中間選挙後にアジア歴訪を実施し、アジアへのリバランス(再均衡)政策への取り組み姿勢を印象づけた。しかし、米国のアジア太平洋地域への本格的関与には多くの障害がある。
(ワシントン・久保田秀明)

中間選挙大敗でTPP実現遠のく

米抜きのRCEPに現実味

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11月11日、北京のAPEC首脳会議で、談笑するオバマ米大統領(左)、プーチン・ロシア大統領(中央)、習近平中国国家主席(右)(EPA=時事)

 オバマ米大統領は11月中旬、中国、ミャンマー、オーストラリアを歴訪し、アジア重視を強調した。しかし、11月4日の米中間選挙での民主党大敗でオバマ大統領はレームダック(死に体)化しており、その影響でアジアへの本格的関与の機会を逃してしまうのではないか。米外交専門家の間ではそうした懸念が強い。

 米国のアジア太平洋地域関与の一番強力な要因は、環太平洋連携協定(TPP)だ。TPPは日本、米国などアジア太平洋諸国12カ国、世界の貿易総量の約40%を包括する高い水準の市場アクセスを保障する協定である。物品・サービスの貿易・投資に対する関税その他の障壁撤廃を目指す。ホワイトハウスは2013年末までの協定合意を目標にしていたが、いまは年内妥結も危ぶまれている。米中間選挙での民主党大敗、オバマ大統領の人気低迷で、TPP実現の可能性はさらに遠のいた。

 ワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)のアジア担当上級顧問ボニー・グレイザー氏は、「TPPが達成されれば、米国は立場は大幅に強化され、米アジア戦略に中身を与えることになる。TPPが達成されなければ、アジアへのリバランスは終わりだという人々も出てくるだろう」と指摘する。

 もう一つ、米国のアジアへのリバランスでは、台頭する中国との関係も避けて通れない。米国は人権、民主主義に基づく自国のペースで中国と付き合い、アジア太平洋地域における主導権を握りたい。中国もアジア太平洋地域における主導権を確保し、その枠内で米国との関係を構築したい。習近平主席は今回、オバマ大統領を国賓待遇で接遇はしたが、昨年の初会談以来一度も敬意を払っていない。TPPの行方は、米国と中国のどちらがアジア太平洋地域の主導権を握るかを大きく左右する。

 中国は11月中旬の北京でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、アジア・インフラ投資銀行(AIIB)構想を改めて前面に押し出した。これは中国の習近平主席が昨年10月にインドネシアを訪問した際に初めて提唱したものだ。東南アジア諸国連合(ASEAN)、韓国など多くのアジア諸国の賛同を得て、設立準備が中国主導で進んでいる。米国、日本が主導するアジア開発銀行(ADB)や世界銀行に対抗する構想である。実際、米国、日本は構想参加への招待を受けていない。

 中国はTPPに対しては、交渉には参加せず成り行きを見守っている。中国は東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉に参加している。RCEPには、ASEAN10カ国、日韓中、インド、オーストラリア、ニュージーランドが入って交渉中で、米国は参加していないが、15年交渉完了を目指すRCEPはTPPに比べ基準が緩やかで実現可能性はより高い。

 アジア太平洋地域を包括するメガ自由貿易協定(FTA)をめぐって、米国と中国が主導権争いをする構図になっている。現状では米国主導のTPPとASEAN主導のRCEPでは、RCEPの方がより現実味を帯びてきている。TPPが年内に妥結しない場合、その実現への動きは失速してしまう。

 さらにTPPの場合、通商合意の個別内容を米議会が修正することを防止する米行政府の貿易促進権限(TPA)が07年に失効したままになっていることが、大きな不安要因になっている。交渉参加国はオバマ大統領に米議会からTPAを勝ち取るよう求めているが、議会の主導権を共和党に奪われ政治力が弱まっているオバマ大統領には無理だという見方が強い。

 中国は米国抜きのRCEPを足場に、より広範囲なアジア太平洋自由貿易圏(FTTAP)形成の主導権を狙っている。中国にそれを許せば、米国のアジアへの影響力は大きく後退する。

 オバマ大統領は中国との関係強化を求めているが、「米中関係にはいま隙間が生じている」(ジョン・ハンツマン元米駐中国大使)。その隙間に入り込もうとしているのはロシアだ。習主席は就任後、真っ先にロシアを訪問した。中国は昨年、ドイツを追い越してロシアの最大の貿易相手国になった。今年5月にはロシアは中国に30年間にわたり天然ガスを供給する4000億㌦の合意を達成、10月には中国の李克強首相がモスクワでロシアとの租税協定など38の協定を締結した。

 ウクライナ問題で米欧と冷戦状態にあるロシアは中国に急速に接近しており、中露関係が強化されている。これも米国のアジア太平洋地域での主導権確保にとっては新たな障害になりつつある。