NSA盗聴問題が尾を引くブラジル
米離れの通信網整備始める
昨年、米中央情報局(CIA)の元職員スノーデン容疑者が告発した、米国家安全保障局(NSA)による盗聴問題は世界を震撼(しんかん)させた。政府や一般企業が盗聴対象となっていたブラジルでは、政府が主権侵害問題として認識、米国に依存しない独自の通信網整備を始めている。
(サンパウロ・綾村 悟)
欧州直結の海底ケーブル敷設へ
政府の新規契約から米企業除外
ブラジル最大手の通信事業会社「テレブラス」は先月末、ブラジルと欧州間の通信用海底ケーブル敷設事業を来年初めに開始すると発表した。テレブラスは、1998年に民営化されたブラジルの元国営企業、今回の事業はルセフ大統領の肝いりによるものだ。
海底ケーブルが敷設されるのは、ブラジルのフォルタレーザからポルトガル・リスボンまでの大西洋間を結ぶ約6000㌔。総工費は1億8500万㌦(約217億円)が見込まれており、事業はブラジルのテレブラス社とスペイン企業が合同で行う。2016年末までに完工予定だ。
現在、ブラジルと欧州間の通信やインターネットは、米国を経由しているが、工事が完成すればブラジルと欧州間の通信が米国を経由せず直接行えることになる。
ブラジルが、米国を経由しない独自の海底通信ケーブルを整備するきっかけとなつたのは、昨年6月に世界中を震撼させたスノーデン容疑者が暴露・告発したNSAによる情報収集だ。
同告発は、米国の同盟国を含む世界中の政府や企業、個人までもがNSAによる監視対象となり、インターネットや通信が常に情報収集の対象になっていることを明らかにした。昨年7月に地元紙や週刊誌が、情報提供を受けてNSAによるブラジル国内における盗聴活動の詳細を報道した。ブラジル政府や石油公社を含む一般企業のメールや通話が盗聴されていた。
盗聴はルセフ大統領の私用電話までにも及んでいたとされており、報告を受けたルセフ大統領は激怒したといわれている。報道を受け、ブラジル政府は、米政府に対し、NSAの盗聴活動に強く抗議。詳細な説明と謝罪、再発防止を要求した上で、昨年8月に予定されていたルセフ大統領の米国訪問を延期した。
NSAによる情報収集事件は、海外の首脳がホワイトハウスへの公式訪問をキャンセルするという異例の事態に発展した。
また、当時のブラジル政府は、総額約45億㌦(約5200億円)規模とされた次期主力戦闘機の選定作業を行っており、ルセフ大統領の米訪問時に、米ボーイングの「FA18スーパーホーネット」への機種選定が発表されると言われていた。しかし、同作業はNSA問題を受けて白紙となり、昨年末には、スウェーデンの「グリペン」に決定。米国はブラジルの防衛産業への足がかりを失った。
さらに、ルセフ大統領は昨年9月、国連総会の演説において、NSAの情報収集を強く批判、「(国家の)主権に挑戦するものだ」「ラテンアメリカ諸国はいかなる検閲や独裁に断固として反対する」などと強く非難した。ルセフ大統領は、「情報通信の場が国家間紛争の場になるべきではない」とも主張、サイバースペースの平和利用に向けた枠組み作りを国際社会に向けて呼び掛けた。
その後、ブラジル政府は、政府機関が使用するメールソフトをマイクロソフト製から自国製のソフトに変更、昨年11月からは、政府系機関の通信設備等を取り扱う業者も、「バックドア」等が組み込まれることがないようにと、ブラジル国内の企業に限定、グーグルやフェイスブックなどのサーバーをブラジルに置くことの是非までも議論していた。
新たに敷設されるブラジル・欧州間の海底ケーブルでは、敷設作業等に必要とされる機材や機器は、全てにおいて米企業や同国製の製品が除外されることが決まっている。
NSAによる情報収集問題を受けた、これまでのブラジルの動きは、米国の外交にダメージを与えるだけでなく、民間企業が経済リスクを背負わされる事態となっている。米系の独立系調査機関は、米国企業が情報漏えい疑惑を理由に失うビジネス規模は、今後2年間だけで最大350億㌦(4兆円)相当にも上ると試算している。