W杯後のブラジル、大会は成功と評価も難問山積

尾を引く歴史的大敗、脆弱なインフラ、汚職体質

 稀(まれ)に見る好ゲームが続いたワールドカップ(W杯)ブラジル大会は、ドイツ代表の劇的な勝利で幕を閉じた。一方、W杯後のブラジルは、生活苦に直結するインフレや脆弱(ぜいじゃく)な社会インフラなどに対する国民の不満が高まる中で、10月に大統領選挙を迎えようとしている。(綾村 悟、写真も)

大統領選へ改革要求高まる

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空港拡張工事が中断されたままになっているクイアバ国際空港

 ブラジル中西部クイアバ市(マットグロッソ州)のW杯競技場で、先月24日、サッカー日本代表が、W杯ブラジル大会の決勝トーナメント進出をかけてコロンビア代表と戦った。日本代表は若手中心のコロンビア代表に敗戦、まだ若いコロンビアのエース、ハメル・ロドリゲスらの活躍は、日本のサッカーファンにも強い印象を与えた。

 その試合が開催された「アレーナ・パンタナール」は、スタジアムの建設過程において、当初より工期が大幅に遅れただけでなく予算も拡大、最終的には、6億レアル(約280億円)以上もの予算を投じて建設された。

 クイアバ市では他にも、W杯に向けて、クイアバ国際空港の拡張工事や空港からクイアバ市内を通ってスタジアムに直結する軽量鉄道(VLT)の建設など、多くのインフラ建設が予定されていたが、W杯開催までに完成したインフラは半分にも満たなかった。

 W杯開催期間中のクイアバ市では、建設途中で中断された空港拡張工事や作りかけの鉄道線路が、W杯観戦の観光客の目に付かないように、壁や芝生などで覆い隠されていた。

 一方、アレーナ・パンタナールはW杯後、地元クイアバをホームとするプロサッカークラブのホームスタジアムになる予定だ。しかし、同スタジアムは2万8000人のキャパシティを持っており、全国1部リーグ(セリエA)にも属していない地方クラブが、サッカー興行で利益を上げられる可能性は少ない。

 そのため、スタジアム運用を巡っては、民間への運営委託やコンサート利用などによる収益性の向上が見込まれているが、W杯クラスのスタジアム維持費は年間を通じて膨らむ。W杯開催のためにブラジル全国の12カ都市で建設されたスタジアムでは、半数近くの都市で赤字運営になることが懸念されている。

 問題となっているのは、スタジアムだけではない。ブラジル各地のW杯開催都市では、インフラ建設をめぐる巨額の賄賂や不明瞭な会計問題が持ち上がっている。クイアバでは、ブラジルの弁護士会などが、W杯のインフラ整備に関して賄賂や不正入札、資金・資材の横流しや水増しがあったとして、同州政府を相手取って、W杯のインフラ整備などに関する契約書や領収書などを公開するように要求した(ブラジル・グロボ紙報道)。

 ブラジルでは、公共工事などで、工事費の水増しや地元政治家との癒着が報じられるのは、今に始まったことではない。

 昨年6月、W杯の前哨戦でもあるコンフェデレーションズカップの開催時に、「W杯開催より医療や教育、公共交通の整備優先と政治汚職撲滅を」などと訴える反政府デモが発生、燎原(りょうげん)の火のごとく全国に拡大した。

 当時、百万人を超える反政府デモの広がりに対し、危機感を抱いたルセフ大統領は、全国放送で直接ブラジル国民に語り掛け、汚職の追放や医療・教育問題の解決を約束、デモの沈静化を図った経緯があり、汚職や資金流用はブラジル国内で敏感なテーマとなっている。

 一方、ブラジルW杯は、サッカー王国としてのブラジルの実力と経済発展を成し遂げたブラジルの姿を世界に披露できる場となるはずだった。ところが、ブラジル代表は準決勝戦でドイツ代表を相手に7-1の歴史的な大敗を許したあげく、3位決定戦でもオランダに3-0で完敗、サッカー王国のプライドはズタズタにされてしまった。

 ブラジル政府と国際サッカー連盟は、好ゲームが続いたブラジルW杯を成功だと称賛、経済効果も十分にあったと力説するが、未だ貧弱な社会インフラと近年のインフレ進行で、庶民の生活は苦しくなるばかりだ。

 こうしたブラジル国民の不満は、代表選手とブラジルの観客たちによるアカペラ風の熱いブラジル国歌斉唱とは対照的に、W杯会場に姿を現したルセフ大統領に対する強烈な野次となって表れていた。

 ブラジルでは今年10月に大統領選挙が実施される。再選を狙うルセフ大統領は、昨年の反政府デモ発生から大きく下げた支持率を、W杯期間を通じて少なからず回復させることに成功している。

 現時点では、ブラジルのメディアと世論は、歴史的な大敗を喫したブラジル代表に対する総括に注目が集まっていることもあり、ルセフ大統領が、選挙戦をリードしている。歴史的なブラジル代表の大敗ショックは、ブラジルサッカー連盟をはじめとする、ブラジルサッカー界の改革要求に変わりつつある。

 ルセフ大統領も、インフレや社会インフラの整備、政治汚職などに対するアクションを怠れば、社会改革を求める反政府デモの動きを再燃させることにもつながりかねない。