黒人からも批判 若者の未来奪う危険思想

1776 vs 1619 黒人差別めぐる米国の「歴史戦」(3)

 米国の黒人活動家ロバート・ウッドソン氏は、1981年に非営利団体「ウッドソンセンター」を設立し、貧困や犯罪など黒人社会が直面する課題に長年取り組んできた。83歳になった今も、精力的な活動を続けている。

2月14日、ワシントン市内で「1776」プロジェクトを発表する黒人活動家ロバート・ウッドソン氏(中央)(記者会見動画より)

2月14日、ワシントン市内で「1776」プロジェクトを発表する黒人活動家ロバート・ウッドソン氏(中央)(記者会見動画より)

 そのウッドソン氏は今年2月、「1776」というプロジェクトを立ち上げた。ニューヨーク・タイムズ紙の「1619プロジェクト」に対抗し、米建国は1776年であり、独立宣言で示された建国の理念を支持する声を黒人社会からも上げるためだった。

 「(1619プロジェクトは)米国を救いようがない人種差別国家と定義し、すべての白人は特権の受益者、すべての黒人は被害者だと言っている。このような負のメッセージは将来にとって危険だ」。ワシントン市内で記者会見したウッドソン氏は訴えた。

 ウッドソン氏が何より恐れるのは、黒人の間に被害者意識が蔓延(まんえん)することで、あらゆる問題を人種差別のせいにしてしまうことだ。黒人社会では凶悪犯罪や薬物汚染、家庭崩壊が深刻化しているが、どれも人種差別とは直接関係がない。だが、1619プロジェクトの歴史観に基づけば、現在起きている問題はすべて奴隷制を原点とする人種差別のせいなのである。

 「失敗の口実以上に恐ろしいものはない」。ウッドソン氏は語気を強めた。

 1776プロジェクトでは、1619プロジェクトに異を唱える黒人の歴史家や専門家、活動家らの論文をホームページで公開している。

 寄稿者の一人、キャロル・スウェイン元バンダービルト大教授は、黒人差別の強い南部の貧困家庭で生まれ育った。高校を中退した後、16歳で結婚し、5年後に離婚。だが、働いて子供を養いながら学校に通い、学者としてのキャリアを自らの努力で切り開いていった。

 米国史には、差別や逆境を乗り越え、夢を実現した黒人のサクセスストーリーが数多くあり、スウェイン女史もその中の一人と言っていいだろう。だが、女史によると、1619プロジェクトの根底にあるのは、差別国家の米国で黒い肌を持って生まれた者は、永久に二級市民のまま、という考え方だという。誰でも努力すれば成功の機会があるという「アメリカン・ドリーム」の否定であり、黒人の若者から希望や意欲を奪う危険な思想である。

 「1619プロジェクトは、子供たちに破滅的なメッセージを送っている」。スウェイン氏は記者会見でこう断言した。「私はこのようなメッセージにさらされずに済んだ。もしこの負のメッセージを自分の中に取り込んでいたら、私が人生で成し遂げたことはできなかったと思う」

 記者会見ではまた、名門ブラウン大学のグレン・ロウリー教授が、米国にかつて奴隷制が存在したことよりも、米国が奴隷制を撤廃した事実の方が重要であると訴えた。「奴隷は古代から続いてきた人類文明の事実だ。奴隷制を廃止するという考えは新たなものであり、これは西洋の考えだ。1776年につくられた民主的な統治機構がなければ、(奴隷制撤廃は)不可能だった」

 ロウリー氏はさらにこう語った。

 「米国は完璧ではない。だが、完璧になれる国だ。ずっと前に撤廃された奴隷制が、今も黒人の生活を特徴付けているという(1619プロジェクトの)考え方は、私にとって侮辱である」

(編集委員・早川俊行)