「奴隷制が米国の原点」

1776 vs 1619 黒人差別めぐる米国の「歴史戦」(1)

 米国で黒人男性の暴行死を受けて抗議デモが広がったが、背景にあるのは「米国は差別国家」という認識の広がりだ。米国民が国家への不信感を強める大きな要因として指摘されるのが、「反米自虐史観」の浸透である。特に最近、黒人奴隷の歴史から米国を断罪する試みが進行している。

(編集委員・早川俊行)

NYタイムズが自虐史観煽る

「1619プロジェクト」を掲載したニューヨーク・タイムズ・マガジン2019年8月18日号(ニューヨーク・タイムズ社ホームページより)

「1619プロジェクト」を掲載したニューヨーク・タイムズ・マガジン2019年8月18日号(ニューヨーク・タイムズ社ホームページより)

 米国の建国は1776年ではなく、実は1619年だった――。

 米国でこんな議論が巻き起こっている。1776年といえば、米国の建国者たちが英国から独立を表明する「独立宣言」が採択された年であることは、よく知られている。だが、1619年は、一体何が起きた年なのだろうか。

 北米における英国初の永続的植民地、バージニア州ジェームズタウンに、20~30人の最初のアフリカ人奴隷が連れて来られたのが1619年だった。米国で奴隷制、黒人差別が始まったこの年こそ、今なお人種差別が続く米国の原点と位置付けるべきではないか、というのである。

 この議論の発端となったのが、ニューヨーク・タイムズ紙の副読誌「ニューヨーク・タイムズ・マガジン」が昨年8月、最初の黒人奴隷の到着から400年に合わせて掲載した「1619プロジェクト」という特集だった。左派の学者・ジャーナリストらが執筆した論文やフォトエッセー、詩などが100ページにわたって掲載された。

 プロジェクトの目的が米国史の書き換えであることは、同紙もはっきり認めている。特集は冒頭で、「400年目にして米国の物語を偽りなく語る時がついに来た」とし、奴隷制を中心に「米国史を見直す」ことを目指すものだと主張した。これまで語られてきた米国史は偽りだというのが、このプロジェクトの出発点である。

 プロジェクトリーダーとして巻頭論文を執筆した同紙の黒人女性記者ニコル・ハナジョーンズ氏は、米国の独立を次のように論じている。

ニコル・ハナジョーンズ氏(同氏ホームページより)

ニコル・ハナジョーンズ氏(同氏ホームページより)

 「入植者たちが英国から独立を宣言することを決断した主な理由の一つは、奴隷制を守りたかったからだ」

 独立宣言に書かれた「すべての人間は生まれながらにして平等」という建国の理念は偽りであり、奴隷制という利権を守ることが独立の主目的だったというのである。米国は「デモクラシー(民主主義国家)」ではなく「スレイボクラシー(奴隷制度国家)」として建国されたと、同氏は痛烈な非難を浴びせている。

 米国内に反米自虐史観を浸透させる試みは、今に始まったことではない。マルクスの階級闘争史観から米国史を描き、教育現場で幅広く用いられている故ハワード・ジン・ボストン大学名誉教授の『民衆のアメリカ史』は、1980年に初版が出版された。

 だが、1619プロジェクトが今までにない影響力を及ぼしているのは、ニューヨーク・タイムズという米メディア界を代表するブランドの故だ。全米各地の学校で1619プロジェクトを歴史授業の教材、カリキュラムとして取り入れる動きが広がるなど、社会現象になりつつある。

 例えるなら、日本の有力左派紙がさまざまな左派学者・ジャーナリストに論文を書かせ、これをまとめた冊子が全国の教育委員会で採用され、子供たちに反日自虐史観を植え付けている、というような状況である。

 奴隷制を維持するために米国は建国されたと教え込まれたら、誰が国に誇りを持つだろうか。米国は建国から今日に至るまで差別国家だという歴史観の浸透は、国家を分断し、人種間の調和を遠のかせると懸念されている。