正反対の史実 独立が奴隷廃止運動生む

1776 vs 1619 黒人差別めぐる米国の「歴史戦」(2)

 米国に黒人奴隷が初めて到着した1619年を建国の年と見なすニューヨーク・タイムズ紙(NYT)の「1619プロジェクト」には、批判が相次いでいるが、反発しているのは保守派だけではない。実は、最も積極的な反論キャンペーンを繰り広げているのは、意外にも極左の共産主義団体なのである。

「世界社会主義者ウェブサイト」のインタビューに応えるゴードン・ウッド・ブラウン大学名誉教授(同サイトの動画より)

「世界社会主義者ウェブサイト」のインタビューに応えるゴードン・ウッド・ブラウン大学名誉教授(同サイトの動画より)

 世界革命を目指したレフ・トロツキーの信奉者による極左組織「第四インターナショナル国際委員会(ICFI)」が運営するニュースサイト「世界社会主義者ウェブサイト」は、ゴードン・ウッド・ブラウン大学名誉教授ら歴史学の権威に次々にインタビューし、的確な反論を提供しているとして保守派からも高い評価を得ている。

 ウッド氏はインタビューで、「奴隷制は過去数千年間、実質的な批判を受けずに存続してきた」が、「米国の独立によって奴隷制は世界の問題になったのだ」と指摘した。

 1619プロジェクトの責任者、ニコル・ハナジョーンズ氏は巻頭論文で、米国が独立したのは奴隷制を維持するためだったと主張している。だが、ウッド氏によれば、史実はこれと正反対で、「米国の独立が反奴隷感情を解き放ち、世界の歴史上で最初の奴隷制廃止運動につながった」のである。

 専門家からの批判を受け、NYTは今年3月、奴隷制を守るために独立戦争を戦った入植者は、全員ではなく「一部」だったと訂正した。だが、これも史実に反する。学者としてのキャリアを米国独立史研究に捧(ささ)げてきたウッド氏でさえ、「自分の奴隷を失わないために独立を求めた入植者を誰一人として知らない」と述べているのだ。しかも、NYTの訂正は、米国が「スレイボクラシー(奴隷制度国家)」として建国されたという論旨の誤りを認めたわけではない。

 ハナジョーンズ氏は、奴隷解放を宣言したリンカーン大統領さえも白人至上主義者のように描写している。リンカーンの発言内容に基づき、「この国には反黒人の人種差別がDNAに流れている」と、米国を救いようのない暗黒社会として断罪するのだ。

 これはもはや、「フェイク・ニュース」ならぬ「フェイク・ヒストリー」と呼べる類いである。にもかかわらず、NYTはこれを学校教材としての活用を積極的に推進しており、「子供たちを洗脳する試み」(ワシントン・タイムズ紙)との批判が上がっている。

 共産主義団体が左派勢力による歴史の書き換えを批判しているわけだが、彼らは一体何に反発しているのか。ICFIの政党「社会主義平等党」のジョゼフ・キショア全国書記長は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の取材に「黒人労働者と白人労働者の利益は基本的に同じだ」と主張した。要するに、白人労働者がその肌の色によって「特権階級」と非難されることが我慢ならないのだ。

 民主党・リベラル勢力は、米国民を人種、民族、宗教、性別などのアイデンティティーでグループ分けし、その対立を煽(あお)ることで政治エネルギーを生み出してきた。これが「アイデンティティー・ポリティクス」と呼ばれる政治戦略である。

 キショア氏は1619プロジェクトについて、民主党の政治戦略を後押しするために、人種で「労働者を分断」する試みだと非難した。極左組織の見方だが、同プロジェクトの背後には、アイデンティティー・ポリティクスに基づき米国民を分断する意図があるという指摘は正しい。

(編集委員・早川俊行)