混迷するレバノン政局 組閣を妨害するヒズボラ
主要な18の宗教・宗派が混在する「モザイク国家」レバノンで、5月6日に実施された総選挙の議席が確定し、イスラム教スンニ派のハリリ首相の続投が決まっているにもかかわらず、7カ月以上たってもなお、新内閣が発足できない状態が続いている。組閣を阻む中心勢力はイランの支援を受けるイスラム教シーア派組織、ヒズボラ(神の党)とされる。レバノンの民主主義は風前の灯(ともしび)状態にある。
(カイロ・鈴木眞吉)
国民の中に巧みに浸透
イラン系のヒズボラは、レバノン国民の意向よりもイランの意向で動く特異な体質を有している。
ヒズボラは、イランからの軍事・経済支援を受けて、レバノン国軍以上の軍事力を持ち、国内ではその武力を背景に、脅迫や締め付けなど力による圧力も行使していることが同国の政治をまひさせる原因となっているとされる。
地元メディアなどによると、ヒズボラは今回、多くの閣僚ポストの他、使える予算の大きい保健相などのポストも要求、組閣作業を阻害しているようだ。
国際機関からの保健・医療支援の窓口は保健相になることから、ヒズボラを「テロ組織」に指定している米、英、日本、イスラエルなどは、ヒズボラ出身の保健相を認めることが難しいからだ。
本紙の単独インタビューに応じた、エジプト科学技術大学のバセル・ユスリ教授は、ヒズボラがレバノン国民の中に巧みに浸透している実態を解説した。
ユスリ氏によると、ヒズボラがその宗教的背景や政策にもかかわらずレバノン国民の中に浸透した理由は、レバノン国軍の脆弱(ぜいじゃく)な戦闘力と、国民の反イスラエル感情を利用したことにある。
レバノン国軍の兵力はわずか6000人。しかも国際的な取り決めにより、ロケット砲や対戦車砲、対戦闘機用兵器などの重火器類を持てない。小火器類は米国やフランス、サウジから調達しているものの重火器は皆無だ。
それに引き換えヒズボラは、財政と武器双方の支援をイランから受け、2006年のイスラエルとの33日間もの戦争に耐えた。過激派組織「イスラム国」(IS)が14年、東部の町アルサルやベカー地域を襲撃した際にも、ヒズボラはテロリストと戦い、彼らを敗走させた。ユスリ氏は、「レバノン国民はヒズボラ自体に感謝し、ヒズボラを合法的な抵抗グループと考えている」と指摘した。ヒズボラとレバノン軍は、シリアとの国境線内やイスラエルとの国境線で協力している。
同氏は、「ヒズボラの議会での獲得議席数は約30%だが、他の政党との間に太いパイプを築いている」と指摘した。その第一は、ハリリ氏と同じスンニ派でありながら、ハリリ氏が率いる「3月14日同盟」と対立する「3月8日同盟」に浸透、同同盟所属の10人の副大臣全員を次期内閣に入閣させるよう要求している。ハリリ氏は、この同盟が、05年に彼の父親、ラフィーク・ハリリ元首相を殺害した暗殺者らと関係を持っているとして入閣を拒否している。
第二は、ドルーズ派の一人だが、同派の指導者、ワリード・ジュンブラット氏とは異なり、ヒズボラと、シリアのアサド大統領を支持しているウィアム・ワハブ氏とのパイプだ。ワハブ氏の拠点はレバノン山中にあり、テレビなどメディアを通じてハリリ氏を厳しく批判、ハリリ氏が組閣することを拒否すると宣言した。
その後、ワハブ氏を逮捕しようとした警官と警備員が衝突、1人が死亡した。ワハブ氏はその後、暗殺のためにこの警官を送り込んだとしてハリリ氏を批判、大々的にキャンペーンを展開して問題を拡大し、ハリリ氏の組閣に圧力をかける結果となっている。
ユスリ氏は、ハリリ氏が万一組閣できたとしても、数カ月で崩壊する可能性があり、ハリリ氏は近日中に組閣が困難だとして謝罪するのではないかと臆測している。
これが現実化すれば、ハリリ氏追放を狙うヒズボラの戦略が功を奏し、レバノンがイランの衛星国家化する可能性が高まる。