ヒズボラ排除に動きだしたサウジ
米コラムニスト デービッド・イグナチウス
辣腕振るうムハンマド皇太子
スンニ・シーア派の代理戦争に
サウジアラビアは近代の中東が抱えてきた原罪を繰り返そうとしている。レバノンで周辺地域を巻き込む対立を引き起こし、この脆弱(ぜいじゃく)な国を再び内戦に突入させる危険を冒しているのだ。
レバノンでのムハンマド皇太子の標的はヒズボラだ。この国を支配する政治勢力であり、サウジの敵、イランの支援を受けている。テヘランを直接攻撃することはできず、ベイルートのイランの手先を標的としている。
この代理戦争は、この1週間で急激に激化した。まずサウジが4日、レバノンのサード・ハリリ首相を辞めさせた。この数時間後、32歳の皇太子はリヤドで、対立する王子と企業幹部らを拘束、中東に混乱を巻き起こした。サウジ政府は9日、自国民に、レバノンを出国し、今後もレバノンに向かわないよう求めた。
スンニ派アラブはイランを恐れ、嫌っているため、皇太子のこの動きは歓迎されているようだ。ここ数十年で最強の-衝動的でもある-スンニ派指導者が出現し、国内と中東で実力を行使している。このような強力な指導者は、イラクのサダム・フセイン以来だ。
サウジのこの動きにレバノンの指導者らは反発しているが、今のところ経済に動揺は見られない。レバノン中央銀行の総裁を25年にわたって務めるリアド・サラメ氏は先週、金融当局が430億㌦以上を蓄えており、安定を維持するには十分であることを明らかにした。市場が安定しているのはそのためだ。
◇翻弄されるレバノン
レバノン当局者らは、サウジがカタールにしたように、レバノンも経済的孤立へと追いやられるのではないかと懸念している。レバノン情報筋は9日の電話インタビューで私に、サウジは、レバノンの内閣と議会からヒズボラを追い出したがっていると語った。サウジ政府がそうしたいのは理解できるが、現実には難しい。
そこでサウジは、ペルシャ湾岸の50万人のレバノン人労働者を利用しようとしている。年間30億㌦を本国に送金し、そのおかげでレバノンの金融・不動産市場は回っている。これらのレバノン人が追放されれば、大規模な負のスパイラルが始まる。
だがこのようなことは、これまでにもあった。1950年代以降、中東や世界の大国は、レバノンの脆弱で影響を受けやすい勢力を自国の利益のために操り、利用してきた。
スンニ派は、エジプトのガマル・ナセルに操られ、次いで、パレスチナのヤセル・アラファトの下で大変な惨劇が起き、中央政府との対立が1975年から76年の内戦の引き金となった。イスラエルは、キリスト教徒、シーア派イスラム教徒を支援して、パレスチナ人らと戦わせ、最終的に82年にはレバノンに侵攻した。シリア政府は、76年からレバノン政府を支配下に置くが、2005年に、サード・ハリリ氏の父親、ラフィク・ハリリ氏が暗殺されたことにレバノンが強く反発、撤退要求を受けレバノンから退去した。
ヒズボラは、レバノンの支配的勢力として台頭した。イスラエルが1982年に愚かにもレバノンに侵攻し、不安定化させたことがその一因だ。イランの支援を受けた民兵組織ヒズボラは、レバノンの民主主義を覆し、イランの危険な前線基地となった。2011年にシリア内戦が始まると、アナリストの多くは、脆弱なレバノンがまた不安定化すると予測した。しかし、そうはならなかった。ヒズボラがサード・ハリリ氏らレバノンの指導者と密(ひそ)かに手を組み、不安定化を阻止したからだ。
このような協力体制を続けるのは難しい。サウジが、ヒズボラに懲罰を科そうとして、レバノン経済を破壊してしまえば、この協力体制は壊れる。
◇イエメン内戦に介入
レバノンは再び、米国にとって厄介な問題となろうとしている。サウジと中東地域を大混乱に陥らせることなく、いかにしてムハンマド皇太子のサウジ近代化を支援するかが課題となる。
これを「ムハンマドの難題」と呼ぼう。向こう見ずな皇太子はイエメン内戦に本格介入した。米当局者から見れば愚かな戦争だ。米国が和解を模索する中、戦闘は依然続いている。皇太子は、干渉的な隣国カタールとの対立をさらに強めた。ティラーソン米国務長官が取り入ろうとしたが失敗した。レバノンで米国は再び、ダメージコントロールを試み、リチャード大使がレバノン軍に4200万㌦の提供を約束、「安定した、安全な、民主的な、豊かなレバノン」への支持を表明した。
1979年のイラン革命以後、イランとサウジの対立関係が中東を引き裂いてきた。これによって、両国のシーア派とスンニ派の同盟国でテロ組織が活動し、代理戦争が発生した。この宗派間の流血の衝突は、強力で、尊大なイランが、弱く、混乱したサウジに対峙(たいじ)している間は止まらないだろう。
ムハンマド皇太子は、スンニ派の強力な指導者になり、中東内の勢力を均衡させようとしている。そうなれば、包括的な合意で、地域に安定をもたらす可能性が出てくる。そうなることが望ましい。だが、米政府にとって当面の課題は、この辣腕(らつわん)を振るう政治指導者が、自国だけでなく周辺地域まで破壊してしまうことを阻止することだ。
中東にこれ以上破綻国家が生まれることは、米国の利益にならない。
(11月10日)