ポストIS狙うシーア派
イランとロシアが勢力拡大
米国はシリアの戦闘爆撃機を撃墜し、イランはシリア東部にミサイルを撃ち、ロシアはユーフラテス川の西を飛行する有志連合の航空機を攻撃すると威嚇した。何が起きているのか。
無秩序のように見えるが、輪郭ははっきりしている。シリアを中心とする大規模なイスラム教徒同士の戦いは、ポスト「イスラム国」(IS)の段階に差し掛かろうとしている。新たな局面へ、各勢力は今後の動向をめぐり駆け引きを始めている。
1945年、欧州のナチスドイツとの戦いがまだ続いていたとき、結果は誰もが知っていた。勝者となることが分かっているソ連と西側の民主主義国の間で、戦後の境界線、支配の及ぶ領域を決めるための駆け引きが行われていた。
現在はシリアでその駆け引きが行われている。ISの支配が終わることは誰もが知っている。その思想、活動、テロの原因が、中東と西側諸国からなくなるわけではない。しかし、中東の中心に、自立し、組織化された、支配地を持つ組織は消える。
締め出され、存在できなくなる。イラクでの最後のとりで、モスルの拠点はもうすぐなくなる。シリアの拠点で事実上の「首都」ラッカも間もなくだ。ラッカはすでに三方を包囲され、ここが陥落すれば、カリフ制は終わる。
◇イランがISを攻撃
現在の戦いの大部分は、その後をどこが引き継ぐかに関する戦いだ。米軍によるシリア機撃墜について見てみよう。シリア機は、IS支配地近くにいた親西側のクルド人とアラブ人の勢力「シリア民主軍(SDF)」を攻撃していた。
なぜか。イラン、ヒズボラ、ロシアの支援を受けるアサド政権が、アレッポなどシリアの要衝での非イスラム反政府勢力との戦いで優位に立ち、シリア東部に照準を合わせようとしているからだ。国内全域の主権を回復しようとすれば、ラッカやその周辺のIS支配地を取り戻す必要がある。しかし、ラッカ付近には、親西側の反政府勢力がいる。だから、シリア機は攻撃した。
だから、米軍は撃退した。友軍を守るためだ。それに対してロシアは、米軍機を撃墜すると威嚇した。ロシアも友軍を守ろうとしている。
シリア機が撃墜された日、イランは、シリア領内のIS支配地に6発の地対地ミサイルを撃ち込んだ。なぜか。表向きは2週間前のイランでのテロ攻撃に対する報復とされている。
そうなのかもしれない。しかし、サウジアラビアなどスンニ派のアラブ諸国に、イランの武器と領土的野心を誇示する狙いがあったのではないかととらえることもできる。
イランにとってシリアは重要であり、この地域の覇権をめぐるシーア派とスンニ派の戦いの主戦場だ。非アラブのイランは、シーア派側をリードし、レバノンのヒズボラ、イラクのシーア派民兵、シーア派が深く浸透しているイラク政府、アラウィ派のアサド政権などアラブの支援者の後押しを受けている。アラウィ派はスンニ派ではなく、シーア派と関連付けられることがよくある。
これらの勢力をまとめると、イランからイラク、シリア、レバノン、地中海へとつながる巨大な弧「シーア派の三日月地帯」ができる。これらがつながれば、ペルシャ人は、過去2300年間手にすることがなかった地中海へのアクセスを手に入れることになる。
このシーア派の同盟は、ロシアの保護下で活動している。ロシアから現金、兵器の供給を受け、2015年からはシリア内の新設の基地から航空支援も受けている。
◇支配固めるシーア派
イスラム教徒の内戦のもう一方にはスンニ派がいる。穏健で、西側と連携し、サウジが主導するペルシャ湾岸諸国、エジプト、ヨルダンだ。ポスト・オバマの今、超大国、米国の庇護(ひご)下にある。
問題は、シーア派の三日月地帯が結集することだ。これはすでに始まっている。ISがモスルから排除され、イラン系の民兵が、イラク西部の幹線道路など戦略的要衝を支配している。次の標的は、シリア東部のラッカとその周辺だ。
一つのシナリオは、イランとロシアの操り人形となったアサド大統領のもとでシリアが統一され、イランの先兵ヒズボラがレバノンで大きな影響力を持ち、シリアに基地を持つロシアが外部からにらみを利かす。
西側にとって望ましいシナリオはこれとは大きく違う。シリアは分割され、各勢力が緩くつながり、アサド政権はアラウィ派の残党を率いる。これが西側の望むシナリオだ。
イラン・ロシア戦略は、中東の全スンニ派にとって悪夢だ。それは米国にとっても同様だ。国防総省はこれを阻止しようと決心している。だからこそ、化学兵器使用で一線を越えたシリアをトマホークで攻撃し、シリアの戦闘爆撃機を撃墜した。
今のところ適切な方法だが、万全というわけではない。深く関与するには、国民的な議論が必要だから。全米がジェームズ・コミー氏の覚書にとりつかれている中で、合意を絞り出すことになりそうだ。
(チャールズ・クラウトハマー、6月23日)