成功例ない「アラブの春」
中東を2分、イスラム主義者と民主主義者
長期独裁政権打倒と民主主義の実現を目指した「アラブの春」を経て、中東世界は今、イスラム主義者と民主主義者が争っている。「イスラム国(IS)」の出現は、イスラム主義者の最終目標が、カリフ(預言者ムハンマドの後継者)制の復活にあることを明確にした。民主主義を堂々と否定するイスラム主義者は、革命で国民が求めた民主主義実現の道を各国で妨害・攪乱し、イスラム世界創建に邁進(まいしん)している。民主主義の重要さを認識する国際社会は今こそ、事態を明確に把握し対応を加速すべきだ。
(カイロ・鈴木眞吉)
ムスリム同胞団、カリフ制復活掲げる
「アラブの春」運動は、長期独裁政権の打倒には成功したものの、民主主義実現への段階で、イスラム主義者の妨害を受け、4年近くを経た今でも、成功例を見いだすことができない。「アラブの春は失敗した」とさえ言われている。
それでも発祥国チュニジアは、話し合いの継続で、暫定の議会・政権・大統領が選出され、強大な武力の干渉を招かずにきた。
ただ、イスラム主義者による野党指導者の暗殺で、イスラム政権は国民の批判を浴び、2人の暫定首相が退陣。その結果、イスラム色濃厚な憲法は民主的憲法に改正され、今年10月末の議会選では、世俗政党ニダチュニス(チュニジアの呼び掛け)がイスラム政党アンナハダを破って第1党になった。イスラム根本主義組織「ムスリム同胞団」が主導するアンナハダの敗北は、隣国エジプトに誕生したシシ政権による同胞団抑圧政策が大きな影響を与えたとされ、もしシシ政権の誕生がなければ、同胞団政権による「イスラム国家化」が進んでいたとみられている。
エジプトでは、民主主義を求めた若者の運動を、組織力を持つムスリム同胞団が革命を乗っ取りイスラム主義政権を樹立、国家のイスラム化を進めたことから、全土で大規模デモが発生、軍が後押しする形で第2革命が断行された。革命が当初目指した民主主義に向かうよう軌道修正を図ったのだ。イスラム色の強い憲法を民主的憲法に改正、新憲法下の大統領選でシシ現大統領が当選、来年3月までに議会選が行われる。シナイ半島拠点にテロを活発化させている「アンサル・ベイト・アルマクディス(エルサレムの守護者)」が11月10日、ISの指導者バグダディに忠誠を誓ったが、政教分離の民主主義を標榜するシシ政権と、同胞団が裏で暗躍するアンサル・ベイト・アルマクディスを含むイスラム主義者との戦いが続いている。
リビアでは最近、同胞団主導のイスラム勢力が首都トリポリを制圧、暫定政権と議会は東部トブロクに追放された。イスラム勢力に対抗し、世俗の暫定政権を支持しているのがカダフィ時代の上級将校ハフタル将軍で、同国東部を拠点に首都奪還を目指している。
イエメンでは最近、同胞団が裏で画策するアルカイダ系組織「アラビア半島のアルカイダ」とイスラム教シーア派ザイド派フーシ派の宗派抗争が激化、11月9日、実務者内閣の組閣に漕ぎつけたものの、ハディ世俗政権は風前の灯(ともしび)だ。
シリアでは、長期独裁政権打倒の道半ばで、イスラム主義勢力が伸長した結果、民主勢力が伸び悩み、ISの台頭を許すという最悪の事態に陥った。
これら5カ国の共通点は、アラブの春が「政教一致を目論むイスラム主義者」により、本来の目的が遮断されたことだ。イスラム主義者による宗教的独裁主義が民主主義実現への努力を台無しにした。ISを抱えるイラクやハマスを抱えるパレスチナ、同胞団を抱えるヨルダンでも、民主主義とイスラム主義の対立が熾烈(しれつ)だ。
各地のイスラム過激派組織を裏で牛耳る「ムスリム同胞団」は、創設の目的の一つに、カリフ制の復活を掲げている。カリフ制は、近代トルコの父ケマル・アタチュルクにより1924年、廃止された。
多くのエジプト人は、トルコのエルドアン大統領はカリフ制復活を望んでいると信じている。アタチュルクの政教分離政策に反抗、トルコを政教一致のイスラム国家に転換させようとしており、同大統領の出自や数々の独裁的手法、700億円を投じた大統領公邸の建設などが疑心を駆り立てさせている。IS打倒に消極的なのも、同胞団支持を貫くのも、オスマン帝国再興によるカリフ制イスラム世界創建のための協力関係維持の狙いがあるとみられている。






