「アラブの春」正念場、エジプトとチュニジアで新憲法

 長期独裁政権打倒と民主化を目指した「アラブの春」が、エジプトとチュニジアで正念場を迎えている。両国とも、革命後約3年を経て、民主的・近代的憲法が承認された。次期大統領選と議会選が公明正大に行われれば、王制と独裁制、過激なイスラム主義でがんじがらめにされたアラブ世界が、近代的な民主主義国家群に生まれ変わり得る道が切り開かれるのだが、それを阻止しようとするムスリム同胞団を含むイスラム過激派勢力との戦いがその命運を握る。
(カイロ・鈴木眞吉)

信教の自由、人権尊重などを規定

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1月24日、エジプト・カイロで、警察本部近くで起きた爆発で負傷した少女を抱きかかえる男性(AFP=時事)

 エジプトで1月14、15日の両日、新憲法案の是非を問う国民投票が行われ、モルシ前大統領の支持基盤ムスリム同胞団による執拗(しつよう)な妨害工作にもかかわらず、投票率38・6%、賛成98・1%で、2012年モルシ政権下で行われた国民投票の投票率(32・9%)、支持率(63・8%)を双方とも上回り承認された。

 4㌻の前文と247条からなる新憲法は、前文で、「市民政府による民主的で近代的な国家を打ち建てる」と宣言、宗教国家でも軍政国家でもない「市民国家」を創建するとうたった。

 「イスラム法の厳格な適用によるイスラム国家」という「宗教国家」の創建を目指した同胞団にとっては大打撃で、イスラム指導者による憲法解釈を是認したイスラム色濃厚な旧憲法を是正、最終判断はすべて最高裁に委ねて、“勝手な解釈”を封じたことも打撃となる。

 信仰の自由は「保護される」から「絶対的」と表現が強められ、コプト教徒(エジプトのキリスト教徒)やユダヤ教徒、バハイ教徒などにとって喜ばしいものとなった。新憲法では従来通り「イスラム法(シャリア)は、主要な法源」とし、イスラム教徒が国民の90%を占める現実や、超保守派のサラフィ主義者に、「エジプトはイスラム国家だ」と言い得る配慮を残したが、すべてがイスラム法により規定されることはない。タンタ大学の元教授ルシディ氏は、「結婚や離婚、争い、刑罰など生活上発生する揉(も)め事への判断は、各宗教の持つ法的部分に委ねられることが、今回初めて明文化された」と指摘、「信仰の自由が絶対的に保証されたことの意義は大きい」と語った。

 一方、新憲法は、宗教に基づく政治活動や政党の結成を禁じた。絶対者・神への頑なな信仰が、「自分だけが正しい」とする独善性や排他性を生み、宗教・宗派間闘争を激化させる悪い意味での「宗教体質」を問題視としたのだ。泥沼化しやすい宗教・宗派間の争いを封じるには、宗教と政治を分離する体制が望ましいとの考えによる。

 他方、軍の権限が強化されたとの指摘は、「国防相任命には、軍最高評議会の承認が必要」との一文が盛り込まれたことによるもので、本格政権移行後の2期8年に限る限定的なもの。エジプトやアラブ地域のイスラム化を標榜(ひょうぼう)し、武力も辞さない同胞団や過激派イスラム主義者による治安攪乱(かくらん)の可能性を踏まえ、国家と地域の安定を最優先するための措置とみられる。国民は、イスラム主義者以上に、軍幹部の方が、広い見識と国際的視野を有していることを知っており、軍の姿勢を支持している。

 宗教国家を目指すムスリム同胞団は、新憲法が承認されて以降も抵抗活動を続け、革命3周年記念日の25日には、49人が死亡した。「過去の失政を反省し、謝罪して今後の政治プロセスに参加するのが本筋」(ハッスーナ元駐米アラブ連盟大使)という指摘もあるが、同胞団は反政府運動を続ける構えだ。

 一方、チュニジア制憲議会は26日、新憲法を賛成200、反対12の圧倒的多数で承認した。同胞団系政党「アンナハダ」が固執したイスラム色の濃厚な条項を削除し、信教や表現の自由を保障、男女の平等や国民の基本的人権を尊重した近代的・民主的な内容を持つものに改正された。

 「エジプトはモルシ同胞団政権に」「チュニジアは同胞団系アンナハダに」革命がハイジャックされ、アラブの春がイスラム色の濃いものに曲げられたが、両国とも革命の原点に戻った形だ。チュニジアが原点に戻ることができた主要な要因は、エジプトで反同胞団の暫定政権が成立したことにより、同胞団幹部が大量逮捕され、チュニジアの同胞団も実質弱体化したことによる。