イスラエル 西岸併合計画見送り

コロナ禍、国際社会も反発
米和平案にも暗雲

スーダンは「技術面で合意」

 イスラエルのネタニヤフ首相は、ヨルダン川西岸の一部の併合計画を進めている。併合案は、1月に和平案を発表した米トランプ政権からお墨付きを得て、7月1日に発表されるのではないかとみられていたが、新型コロナウイルスの感染拡大や、欧州、中東各国の反対などから延期、実施のめどは今のところ立っていない。(外報部・本田隆文)

5月24日、エルサレムの首相官邸前で、気勢を上げるネタニヤフ首相支持派(EPA時事)

5月24日、エルサレムの首相官邸前で、気勢を上げるネタニヤフ首相支持派(EPA時事)

 ネタニヤフ首相は昨年9月、西岸のうち、隣国ヨルダンの国境に接するヨルダン渓谷と死海北部の併合を提案。その後、右派勢力と西岸の入植者らの要請を受けて全入植地をも併合することを約束していた。

 西岸の併合自体は、以前から検討されてきたもの。とりわけ、ヨルダン渓谷は、ヨルダンと接しているため、パレスチナの支配下に置かれれば、武器やテロリストが侵入してくる恐れがあり、国家の安全を守るためには譲れない場所だ。

 イスラエルはこれまでにも、占領地の併合を行っている。1967年の第3次中東戦争で獲得したゴラン高原や東エルサレムなどだ。

 ヨルダン川西岸には現在約300万人のパレスチナ人が住む。さらに、1970年代から進められてきた入植活動によって、現在「約130カ所の入植地に約43万人のイスラエル人」(イスラエル紙エルサレム・ポスト)が住む。

 中東和平交渉は、イスラエルと独立したパレスチナの「2国家共存」を目指して進められてきた。国境線は、「グリーンライン」と呼ばれる現在の西岸とイスラエルの境界線とするのがパレスチナの主張だが、イスラエルでは右派を中心にこれに反対する主張が強く、和平交渉失敗の要因の一つともなってきた。

 和平交渉は2014年に止まったまま実施されていない。交渉の後ろ盾になってきた米国にトランプ政権が誕生し、親イスラエル政策を進める中で、ネタニヤフ政権として、併合の強行へと弾みがついた格好だ。

 トランプ米大統領は、最大都市テルアビブにあった米大使館をエルサレムに移転、エルサレムをイスラエルの首都として認めるなど、これまでの歴代米政権の対イスラエル・パレスチナ政策から大きくかじを切った。さらに、今年1月には、イスラエルによる西岸の一部併合とパレスチナの独立などを含む和平案を発表した。

 パレスチナ自治政府、国際社会は併合計画に強く反発しているものの、イスラエルが強行すれば、併合の実施は可能だろう。国内には、米大統領選前に実行すべきだとの強硬な主張も出ており、11月の前に駆け込み的に併合に踏み切る可能性も捨て切れない。

 併合発表の延期の理由としては、新型コロナへの対応、国際社会からの反対を挙げるが、エルサレム・ポストによると、米国からのゴーサインが出ておらず、踏み切れないことも大きな要因だという。トランプ政権は、国内の感染拡大と人種問題への対応で手いっぱいということだろう。

 イスラエル政府は、西岸を占領地とは考えていない。「イスラエル建国前にこのテリトリーを支配していた英国は、支配を放棄しており、法的にはこの地の地位は認められていない」(エルサレム・ポスト)のがその理由だという。さらに、右派、入植者らは、聖書時代からのユダヤ人のこの地への権利を主張、さらに1967年の「自衛戦争」によって獲得したものとして、占領を正当化している。いずれも国際法、国連決議上、認められるものではない。

 経済などでイスラエルとの関係改善を進めてきた穏健アラブ諸国も反対しており、併合によってイスラエルが失うものも大きいはずだ。

 トランプ政権は、11月に大統領選を控えており、政権が代わることになれば、米国のパレスチナ政策も大きく変化することが考えられ、トランプ大統領が打ち出した和平案「世紀のディール(取引)」にも暗雲が漂う。