対北朝鮮、盧元政権より急進的親北

9年ぶり左派政権 文在寅大統領の韓国(1)

 韓国大統領選で最大野党「共に民主党」の文在寅氏が当選し、約9年ぶりに親北左派政権が誕生した。大きな転換が予想される対北朝鮮政策や「慰安婦」合意の見直しが予想される日本との関係、混乱が予想される国内情勢などについて現地から報告する。(ソウル・上田勇実)

 次期大統領の資質を有権者が判断する上で重要な主要候補者による最後のテレビ討論会で、保守系与党・自由韓国党の洪準杓候補が文候補に対し、韓国にとって北朝鮮は「主敵(安全保障上、最も脅威となる敵国)」と言えるかと質問した。文氏は「軍事的に北は敵だが、一方で統一の対象」などとし、最後まで「主敵」とは認めなかった。

 保守派を中心に文大統領への懸念で最も多いのは親北政策への急転換だ。文大統領は対北融和路線で物議を醸した盧武鉉元政権で青瓦台(大統領府)秘書室長を務めるなど、盧元政権の側近中の側近だったことから「盧武鉉第二期」(韓国紙朝鮮日報)になるとの懸念があるが、専門家は盧元大統領以上に急進的親北路線に舵(かじ)を切る恐れがあると指摘する。

 「盧元大統領は高卒で司法試験合格後、釜山でのある公安事件で被告の左翼学生を弁護した縁で親北派と近くなった。しかし、文大統領は大学時代に反独裁・親北の学生運動に没頭した筋金入り」(梁東安・韓国学中央研究院名誉教授)だという。

 文政権で主要ポストに就くか顧問格として影響力を行使する可能性が高い側近たちの顔触れも「A級親北派」(公安筋)がズラリと並ぶ。

 10日に発表された人事で大統領に最も近い側近とされる青瓦台(大統領府)秘書室長に任命された任鍾晳元議員は代表的な「386世代(1980年代に学生運動をした60年代生まれで、この言葉が使われた時に30代だった人)」。親北左派学生運動を牽引(けんいん)した全国大学生代表者協議会の議長を務め、89年に女子大生・林秀卿を北朝鮮に密入国させ金日成主席と会わせた容疑などで逮捕された経験を持つほか、反米主義で米国から入国ビザの発給を拒否されたこともある。

 盧元政権で首相を務めた後、重鎮国会議員として文氏当選を支えた李海瓚氏は「文氏の上王(朝鮮王朝時代などに王の即位後も生存中である前王の呼称)」(洪氏)と陰口を叩(たた)かれ、選挙期間中も「保守を壊滅させる」と過激な発言を飛ばした。学生時代に自分の身分証を密(ひそ)かに北朝鮮に渡したとする疑惑が浮上したこともある。

 共に民主党の公認候補選で文氏と競い合った安煕正・忠清南道知事と韓国版トランプの異名を持つ李在明・城南市長、以前に民間団体が作った「親北人名リスト」に乗った禹相虎・同党院内代表なども学生運動家や左翼人権弁護士などで鳴らした。

 彼らは北朝鮮の核問題解決を口にしながらも、それ以上に南北融和を主張している。現在、共に民主党の国会議席数は119議席で過半数(150議席)に及ばず、国政運営の行き詰まりが予想され、そうなれば政権浮揚の材料が必要だ。一方の北朝鮮も中国を含む国際社会の制裁が厳しくなれば経済立て直しの活路をどこかに求めざるを得ない。こんな双方の利害が一致するのが南北首脳会談だ。

 朴洸■・文在寅選挙対策委員会広報団長は「対話の局面が醸成されれば(2000年南北首脳会談での)6・15共同宣言、(2007年南北首脳会談での)10・4共同宣言の精神を継承するのは当然で、南北首脳会談をやる考えは基本的に持っている」と述べた。

 各種弾道ミサイルに核弾頭を搭載して攻撃する脅威が増し、日本人拉致問題や国内の政治犯収容所など人権蹂躙(じゅうりん)の実態が改善されていないにもかかわらず、早くも最高指導者・金正恩朝鮮労働党委員長との南北首脳会談に心を躍らせているかのようだ。

 韓国の文在寅政権は「トランプ大統領とコード(政治的見解、気持ち)が合わず、北朝鮮の核問題をめぐり情報を共有してもらえなくなる安保危機」(羅卿●議員・自由韓国党議員)を招くだけでなく、もっと深い意味では「北朝鮮主導による南北統一へ道筋を付けようとする反体制勢力」(梁名誉教授)に近いとすら言える。

 今回の大統領選で多くの有権者の声を聞いた。文氏は親北左派だから投票すべきでないという指摘があることについて尋ねると、文氏の支持者からは「保守派が票のために文氏を攻撃するフレームの一種」(ソウル在住の姜▼模さん、44歳会社員)、「北と対立し、もし戦争にでもなったら被害が大きいのは韓国の方だから融和政策がいい」(光州在住の宋智銀さん、20歳OL)という答えが返ってきた。

 ある保守系候補のソウル市内遊説現場にいた林城好さん(83歳男性)は自ら韓国動乱(1950~53年)に参戦した経験から次のように語っていた。

 「私のように動乱経験者は文氏が何者なのかを見抜いているが、若い人たちは全く分かっていない。だから歯がゆくなることが多い」

 権威主義的な軍事独裁政権時代が長く、一方で動乱世代が高齢化する今の韓国では、文氏は親北左派の危険人物ではなく、民主化勢力のリーダーというイメージが先行している。

■=榲の木を王に

●=暖の日を王に

▼=王に宣