脱権威宣言、疎通アピールも新たな特権?


9年ぶり左派政権 文在寅大統領の韓国(3)

 「権威的な大統領文化を清算する」

 就任早々、国会議事堂で行われた略式の就任宣誓式で文在寅大統領はこう述べた。選挙で争った主要4党にあいさつ回りをして野党との協調をアピールし、移動時には一般市民と握手したり一緒に写真を撮ったりして疎通を図った。

 大統領執務室を青瓦台からより国民の生活圏に近い政府総合庁舎内に移し、帰宅の途中で市場にも寄ると宣言した。こうした文大統領の言動に韓国メディアはひとまず及第点を与えている。

 韓国社会の権威主義は深刻だ。権力に近づくほど不遜になり、逆に甘い汁を吸えなかった惨めさが権威に対する反発・憎悪を生んできた。政権交代時に繰り返される政治報復はその典型例だろう。

 朴槿恵前大統領は大型客船セウォル号沈没など緊急時にも側近との疎通不足だったことが浮き彫りになった。対照的に文大統領は精力的に疎通を図ろうとしている。

 選挙前、ある20代OLは「私の友達はみな自分の父親が出馬したとしても親近感のある文氏に投票すると言っているほど」と話していた。

 ただ、気になる光景も見られた。大統領選当日、開票番組のためソウル中心街の光化門広場とその周辺に各テレビ局の特設野外スタジオが設置されたが、ガラス張りの立派なスタジオを一番目立つ位置に置いたのがケーブルテレビ系のJTBCだった。

 JTBCと言えば朴前大統領とその友人、崔順実被告による国政介入事件で決定的な証拠となるタブレットの内容を暴露し、その後のろうそくデモ、弾劾・罷免で「棚ぼた式」優勢を不動のものとした文氏の「一等功臣(=最大の立役者)」(韓国大手紙関係者)だ。

 ろうそくデモが行われた光化門広場は文氏、JTBCのいずれにとっても重要な場所。JTBCには「新たに地上波枠が与えられるという話も浮上」(MBCテレビ関係者)し、主要放送局の“序列”に変化が起こる可能性もあるという。

 韓国では保守系の李明博政権誕生後、左傾化したニュース番組を是正させる目的で総合編成チャンネルと呼ばれるケーブルテレビ枠が保守系4紙に独占的に与えられた。JTBCも文大統領誕生を支えた見返りに新たな特権を得るのだろうか。

 文大統領は政経癒着にもメスを入れると言っているが、それと関連し財閥改革に乗り出すとみられている。ある韓国の識者は文政権が南米ベネズエラのチャベス前社会主義政権と共通点があると指摘する。

 「チャベス前政権は反米親キューバ路線で庶民の支持を得て、国の基幹産業で米国資本が牛耳っていた石油を国有化し、富を貧困層に再分配した。文政権は反米親北で、利益を独占しているとの批判がある財閥に対し系列社同士の出資を規制する方法で弱体化させ、庶民に富を再分配する可能性がある」

 11日付韓国各紙には現代自動車、LG、SK、大韓航空、KB金融グループなど財閥や大手企業の文大統領当選を祝う意見広告がこぞって掲載された。韓国では新大統領誕生に合わせた慣例だというが、財閥が各種の便宜を図ってもらうため政権のご機嫌取りをしてきたのも事実だ。

 新聞には最大手サムスンの広告はなかった。「経営トップが贈賄容疑で朴前大統領と共犯のように逮捕されたことと無関係ではない」(韓国紙編集幹部)との見方が出ている。今後5年間も政権との距離の違いが経営の明暗を分けるのだろうか。

(ソウル・上田勇実)