サード配備に反発する中国
韓国の裏切りと受け止め
韓国では新大統領に共に民主党の文在寅氏が就任し、保守から革新に政権交代が行われた。それに伴い、保守の朴槿恵政権が進めてきた外交政策が大きく転換されるとみられている。
特に焦点となっているのは、中国が強硬に反対する「高高度防衛ミサイル」(サード=THAAD)配備問題だ。文氏は選挙戦当初は「再検討」を主張していたが、後半からは、「政府は最善を尽くして中国を説得し、関係悪化を防がなければならない」と、現実路線への転換を示唆していた。
サード配備に対する中国の反発は戦後韓国が直面する最大の外交問題だと言ってもいい。中国から韓流を締め出す「限韓令」、中国人の韓国訪問制限、中国に進出している韓国系企業への圧力など、経済に大きな影響が出ている。中でもサード配備の土地を提供したといってロッテは厳しく取り締まられ、中国内でのビジネスが事実上行き詰まっているほどだ。
今や日本との経済関係よりも中国との取引が大きくなっている韓国としては、頼みの中国から締め出されることは大打撃であり、死活問題だ。
とはいえ、政権が代わったからといって、米韓間で取り決めたサードを、中韓関係を考慮してひっくり返すわけにはいかない。国家間の取り決めは政権が代わっても維持されるべきものだからだ。文氏の悩みは大きい。
朝鮮日報社が出す総合月刊誌「月刊朝鮮」(5月号)に元外交官の姜孝白(カンヒョベク)慶熙大教授が「中国はなぜサード配備を嫌うか」の原稿を寄せている。姜氏は、「尖閣問題が足の小指をかすめて行くアリならば、サードは喉元に突き付けられた三つ又のやりだ」と、サードが中国にとって深刻で重大な問題であることを伝える。
ミサイルと同時に配備されるXバンドレーダーが中国深部までカバーするからだと言われているが、反発の理由は別のところにあると姜氏はいう。それは、「韓国(朴槿恵)の裏切り」だ。
朴大統領は就任後、何度も中国を訪問し、一昨年の9月には米日などの懸念の声を振り切って、「抗日戦勝記念日」の軍事パレードを習近平国家主席と天安門の上で参観したほど、中国に肩入れしていた。2008年の両国首脳による相互国賓訪問を契機に「戦略的協力パートナー」関係に格上げされ、「韓中両国が結び得る最上位水準まで発展した」状態だった。
一方日本へは、訪問どころか、しばらく安倍晋三首相との会談も行われず、米国の仲介で、ようやく国外の国際会議の席で顔を合わせたほど、日本を避けていた。
中国としては、日韓を離間させ、さらに米韓関係に楔(くさび)を打ち込み、韓国を完全に自陣営に取り込みたかったのだ。そしてその試みは半ば成功していた。
ところが、朴政権は突然、「日韓慰安婦合意」(2015年12月)を結ぶ。姜教授は、「信じていた韓国が突然中国の主敵、日本を丁重に組み入れた『米韓同盟』を叫びながら、中国の心臓を狙う『匕首(あいくち)』に変わってしまったような背信と捉えられた」と説明する。
さらに日韓は一度は頓挫した軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を16年11月に結び、「親日反中路線が加速され、中国の不信は極みに達した」のだという。
韓国は米中の間に挟まって進退窮まった状態だ。しかし、姜教授は北朝鮮の核・ミサイル脅威がある以上、サード配備は維持されなければならないと主張する。それで出口はあるのだろうか。
姜教授は、サード配備合意は維持したまま、実際の配備は最大限引き伸ばしつつ、その間、北の核保有国化は中国自身にとっても脅威であることを指摘して、中国が北朝鮮に核兵器を放棄させるために圧力を加えるよう説得すべきだ、と唱える。
「親米反中か反米親中かの二者択一でなく、“用米用中”(米中を利用する)の知恵を出すべきだ」という主張はごもっともだが、かつてその綱渡り的外交の失敗で国を失った教訓は都合よく忘れられているようだ。
編集委員 岩崎 哲