国境越える中国の情報統制

批判的な米メディアに徹底報復

 中国政府による情報統制は国内にとどまらず、国境を越えて米メディアにも及んでいる。海外の報道機関を直接規制することはできないが、中国に不利益をもたらす内容を報じた社には、特派員へのビザ発給拒否や経済的圧力、ハッカー攻撃など徹底的に報復。こうした圧力に耐えきれず、批判的な中国報道を控える「自己検閲」を余儀なくされた米大手メディアも出ている。
(ワシントン・早川俊行)

ブルームバーグが「自己検閲」

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昨年、米メディアの報道で、親族の巨額蓄財が暴露された中国の習近平国家主席(左)と温家宝前首相(UPI)

 ニューヨーク・タイムズ紙などの報道によると、金融情報大手ブルームバーグ通信は10月末、準備していた中国に関する調査報道記事の配信を見送ることを決めた。記事は、中国の最高指導部、共産党政治局常務委員会の現・元メンバーの親族と、中国一の富豪、王健林・大連万達集団(ワンダ・グループ)会長との癒着を暴露する内容で、公表すれば大きな注目を集めることは確実だったにもかかわらずだ。ブルームバーグの社内で一体何があったのか。

 中国調査報道に力を入れていたブルームバーグは昨年6月、習近平国家主席(当時副主席)の親族が巨額の蓄財をしていることを詳細に報道。以来、同社は中国政府から激しい報復を受けていた。

 同社のウェブサイトは今なお、中国で閲覧不能の状態が続き、ハッカー攻撃も受けた。また、中国に新たに赴任する特派員へのビザ発給も拒否されている。

 さらに、同社を苦しめているのが、経済的締め付けだ。中国政府の圧力により、中国国営企業などとの金融情報端末の契約が急減。契約料は年間2万㌦と高額なだけに、その落ち込みは同社の中国ビジネスに深刻な打撃を与えている。

 「この記事を配信すれば、我々は中国から追放されてしまう」。同社のマシュー・ウィンクラー編集局長は、執筆した記者らにこう説明し、配信しない方針を伝えたという。中国で事業を続けるには、これ以上、中国政府の機嫌を損なう記事は配信できないとの判断であり、中国の圧力に屈した格好だ。執筆者の一人、マイケル・フォーサイス記者は停職処分を受けた上で同社を退職している。

 昨年10月に温家宝首相(当時)一族の巨額蓄財を暴いたニューヨーク・タイムズ紙も、ブルームバーグと同様の報復を受けている。同紙は昨年夏に中国語サイトを立ち上げたばかりだったが、中国でのアクセスが遮断されてしまったことは、広告収入で大きなダメージとなっている。

 さらに、中国政府は近年、気に入らない海外メディアの記者を“国外追放”している。アルジャジーラ・イングリッシュ(AJE、中東の衛星テレビ局アルジャジーラの英語チャンネル)の北京特派員だった中国系米国人メリッサ・チャン氏は昨年、中国政府からビザ更新を拒否され、退去を余儀なくされた。「チャン氏の痛烈な中国社会報道に対する報復」(ニューヨーク・タイムズ紙)とみられている。

 チャン氏追放が他の報道機関、特に中国に記者を1人しか置いていない社に深刻な委縮効果を及ぼしたことは間違いない。AJEは同氏の後任にもビザ発給が拒否され、北京支局の閉鎖に追い込まれてしまったからだ。追放を恐れる報道機関の間で、中国政府の反感を買いそうな報道は自粛する「自己検閲」の傾向が一段と強まる可能性がある。過去20年近く北京に駐在していたベテラン米国人ジャーナリストのポール・ムーニー氏も先月、ビザ発給を拒否された。中国人権問題を積極的に報じてきたことへの懲罰とみられている。

 ワシントン・ポスト紙は昨年2月、習近平氏の訪米に合わせ、同氏との書面インタビューのトランスクリプトを掲載した。習氏が直接語ったものではなく、中国政府が作成したとみられる内容をそのまま載せたことに対し、パトリック・ペクストン同紙オンブズマン(当時)は「ニュースというより、プレスリリースかプロパガンダに近い」と批判した。

 ペクストン氏は、同紙が特派員ビザの取得で困難に直面していることや、中国政府系英字紙チャイナ・デーリーの記事を広告の形で載せることで収入を得ていることを指摘。これらのことが同紙の中国報道に影響を与えている可能性があるとの見方を示した。

 米人権団体フリーダムハウスのサラ・クック上級研究員は、10月に公表した報告書の中で、「中国当局は海外メディアの報道を直接妨害することもあるが、拡大している効果的な統制方法は、自己検閲を促し、メディアのオーナーや広告主らに中国寄りの行動を取るよう仕向けることだ」と分析。特に、この5年間、中国政府の圧力は一段と激化しているという。