タイ政府、不敬罪容疑で米大使捜査へ
強権統治批判に政治的牽制
深まる欧米との亀裂、懸念される中国の進出
タイ警察はこのほど、不敬罪容疑でグリン・デイビス駐タイ米国大使の捜査を始めたことを明らかにした。タイの同盟国である米国の大使に対する捜査は異例中の異例だが、不逮捕特権を有する大使を敢えて捜査対象とすることで政治的けん制を図った模様だ。タイ政府は今春、中国製潜水艦導入計画を発表した時、米政府はただちに購入計画の撤回を迫った経緯があるなど、米タイ関係はぎくしゃくしているが、今回は不敬罪がらみでタイでは国家の存立に関わる王室擁護の立場から、米国は人権擁護の立場から引くに引けない格好だ。だが、米タイ関係に亀裂が入れば喜ぶのは中国だけだ。
(池永達夫)
立憲君主制のタイ王国では、国王夫妻と王位継承者に対する批判を禁じた不敬罪が存在する。不敬罪に問われると、1件につき最長15年の禁錮刑が科される。タイの映画館では上映開始時に必ず王室の写真がスクリーンに映し出され国王賛歌が流れるが、この時に敬意を示して起立せず、逮捕されるケースも少なくない。
とりわけ昨年5月のクーデターで発足したプラユット政権は、不敬罪適用による取り締まり強化に動き、軍法会議による即決裁判で、次々と実刑判決を下している。複数の立件によって刑期が20年を超えるケースも度々あることで、米国をはじめ欧州や国連などから強い懸念が示されている。
今年3月には、トイレの壁に昨年、王室批判の落書きをしたとして、タイ人男性(67)に禁錮1年6月の実刑が下されているし、インターネットの交流サイト・フェイスブックに昨年、王室批判のコメントや写真を投稿したとして、実業家のタイ人男性(58)に禁錮25年の実刑が下されている。
今年9月に赴任したばかりのデイビス米大使は先月25日、バンコクのタイ外国人記者クラブでの記者会見で、この問題に言及し「意見を述べただけで投獄されるべきではない」と批判した上で、「軍法会議が一般市民に不敬罪で長期刑を科すのを懸念している」と述べた。
この発言に対しプラユット首相の右腕であるプラウィット副首相兼国防相は「大使は話す前に考えるべきだ」と強い不快感を表明した。さらに先月27日には軍政支持者たちで構成される王党派市民約200人がバンコクの米大使館前でデモを行い、大使解任を要求した。プラユット政権は、政治集会や抗議活動を禁止し、人権や民主主義擁護などを求める政治イベントを中止させてきた経緯があるが、米大使館前でのデモは当局によって規制を受けることはなかった。
プラユット政権は、タイの強権政治に反発している英国のマーク・ケント大使にも嫌悪の情を隠さない。今月7日、学生を中心とする反政府グループが、汚職疑惑が浮上した中部フアヒンのラーチャパット公園を訪れようとして、治安当局に身柄を拘束された件で、ケント大使が「ツイッター」に「(バンコクの)米大使館で200人がデモを行うことを許されたのは集会の自由の(制限の)緩和と期待したが」と書き込んだことに対し、首相府報道官は8日、「英大使がしばしば法を破るグループを支持するのは残念だ」と述べている。
こうした格好で民主主義擁護の立場からクーデター政権そのものを容認しがたい欧米諸国とタイ政府の間は溝が深まるばかりだが、この亀裂を歓迎するかのように中国の影響力の拡大と顕著な進出ぶりが懸念されている。
中国は雲南省昆明とラオス首都ビエンチャンを結ぶ全長520㌔の鉄道にアクセスする新鉄道をタイ国内に敷設する。中国の投資支援を受け、タイ北部ノンカイから東北部ナコンラチャシマ県、中部サラブリ県ゲンコイを経て東部工業地帯のあるラヨーン県のマプタプット港に至る全長734㌔の路線とゲンコイ―バンコク間133㌔の路線で全長867㌔の鉄道を整備する。当初、中国は5年の工期を見込んでいたが、プラユット暫定政権の強力な前倒し依頼を受け3年後の完成を目指す。
3年後には、北京とシンガポールが連結されるユーラシア縦断回廊が完成することになる。
また、中タイ空軍合同軍事演習「ファルコン・ストライク2015」も先月中旬、タイ東北部ナコンラチャシマ県のタイ空軍基地で行われた。この軍事演習でタイ側からサーブ39グリペン戦闘機5機、兵士108人、中国側からSu27戦闘機6機、兵士106人が参加した。タイと中国は陸軍、海軍の合同軍事演習を行ったことがあるが、空軍は今回が初めてとなる。
中国は、タイと欧米諸国の間に亀裂を歓迎する格好で影響力増大に動いている。