中国の南シナ海基地化をベトナム警戒

 ベトナムが6年前、ロシアへ発注していた潜水艦6隻のうち、4隻目のキロ型潜水艦「カインホア」が先月末、南中部沿岸地方にあるベトナム最大の海軍基地カムラン湾に配備された。残る2隻は、来年中までに配備される予定だ。先の大戦では制海権を握る英国をドイツはUボートで牽制(けんせい)した経緯があるが、南シナ海で圧倒的な海軍力を誇る中国人民解放軍を牽制するため、ベトナムは潜水艦増強を図る。(池永達夫)

4隻目のキロ型潜水艦配備

日本から中古巡視船供与も

800

ベトナム最大の海軍基地カムラン湾(池永達夫撮影)

 定員52人の「カインホア」は、ロシア海軍の通常動力型潜水艦であるディーゼル・エレクトリック潜水艦(キロ型潜水艦636型)で、全長74㍍、全幅10㍍、排水量4000㌧、航続期間は45日間だ。

 ベトナム海軍は既に、昨年、一昨年と「ハノイ」「ホーチミン」「ハイフォン」の3隻を配備しており、「カインホア」は4隻目となる。来年中には6隻全鑑が配備される予定で、これでベトナムの潜水艦能力は格段にグレードアップされる。なお「カインホア」はカムラン湾がある省名だ。「ハノイ」「ホーチミン」「ハイフォン」に見られるように、ベトナム海軍の艦艇には地名が命名される。

 目的は中国人民解放軍の南シナ海における海上活動を牽制することにある。まともにぶつかれば、圧倒的な中国の海軍力にベトナムは対抗することは難しいが、潜水艦という「海の伏兵」を置くことで牽制力を得ようというものだ。

 中国がベトナムが領有していた西沙諸島(パラセル諸島)を奪ったのは1974年1月19日だった、この時、中国人民解放軍はベトナムの護衛艦1隻を撃沈し、34人を死亡させている。

 前年の73年にパリ和平協定が調印され、米軍のベトナム撤退が決まった。中国は力の空白が生じたチャンスに乗じて南シナ海の戦略拠点となる西沙諸島を奪ったわけだ。

 ベトナムとすれば、これを教訓に「力の空白」をつくらないために、海洋ルールと南シナ海における航海の自由の原則を主張する米国の力を頼り、日本やロシアの支援を活用しつつ、さらに南沙諸島を奪われ国際法違反だとして中国を提訴したフィリピンはじめ、東南アジア諸国連合(ASEAN)との連携を深めながら中国を牽制する方針だ。

 既に何度も米艦船がカムラン湾に寄港し、日本やロシアの艦船寄港をも歓迎しているのもこのためだ。

 日本は昨年、ベトナムに対し、政府開発援助(ODA)として巡視船や巡視船に転用できる中古船6隻を無償で供与することを決め、今年2月には中古巡視船1隻がベトナム沿岸警備隊に引き渡された。ベトナムの海上監視と保安能力を向上させ、力による新秩序形成に動く中国牽制に役立てればという意向だ。

 とりわけ西沙諸島周辺地域が軋轢(あつれき)を生むホットスポットになるのは、資源埋蔵量の巨大さにある。中国海洋石油は、西沙諸島周辺の石油埋蔵量は、世界最大級の産油国サウジアラビアの埋蔵量のほぼ半分に相当する1250億バレル、天然ガスも500兆立方フィートと試算している。牛の舌のようにインドシナ沿岸にまで伸びている九段線による中国の一方的な南シナ海領有権の主張は、軍事戦略だけでなく資源確保戦略にも結び付いている。

 中国はベトナム領海における海洋リグ建設を昨年試み、いったん引いたものの、今夏また海洋リグ建設に動き始めている。

 石油はベトナムにとっても重要な資金源で、国有石油会社ペトロベトナムは国の歳入の3分の1近くを担うことから、わが物顔に振る舞う中国を看過できない立場にある。

 ベトナム国営石油(ペトロベトナム)がロシアの石油開発企業(ロスネフチ)との間に何本かの契約を交わし、ベトナム沖の石油採掘で共同開発プロジェクトを立ち上げているのも、技術問題だけでなく中国を牽制するための戦略的要請もあったとされる。

 ただ、こうした問題でベトナムは中国との対立を先鋭化させる意向はない。できれば隣国でもある「巨人」中国に、ASEANプラス3(日米露)、さらにインドまで巻き込んで、その鼻面の紐(ひも)を握りたいというのが本音だ。