広がるソフトパワーで存在感増す台湾(上)

東アジア華人圏で一角を誇示

 近年、東アジアの中で台湾の存在感が急上昇している。もちろん、中国での一国二制度という制約はあるものの、経済指標で見ても、国民一人あたりのGDP(国内総生産)はアジアでは6位、外貨準備高は世界で5位(2014年)。これまで西欧的価値観のもとで培われた自由主義的思考は今後も変わることがない。それどころか台湾は今、独自の歴史発展の下、東アジアの一角を占めるべく、デザインや映画、芸術などのソフトパワーの分野で力を伸ばし、その影響圏を広げている。
(湯朝 肇)

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世界的に評価が高まっている台湾の金車カバランウイスキー工場

 「これまで台湾のような暑くて湿度の高いところでは、ウイスキーの生産は難しいといわれてきましたが、私たちはそうした常識を覆し世界に誇れるウイスキーを生産しました」

 こう語るのは、金車カバランウイスキー総務課の黄喜宏課長。台湾北東部宜蘭県にあるカバランウイスキー工場。広大な敷地にレストランや倉庫など巨大な建物が並ぶ。雪山山脈から流れ出る湧水を利用して毎年900万本のウイスキーを生産する。2005年設立の新しい会社だが、技術の精度は高く08年の初出荷以後、12年IRSC国際ウイスキーコンテストで金賞を受賞するなど毎年世界的な評価を受ける。ちなみに今年カバランウイスキーは、世界で最も権威あるウイスキー賞である「ワールド・ウイスキー・アワード(WWA)2015」の中で、シングルモルトカテゴリーでスコッチなどの競合を抑え、「ワールドベスト」を受賞している。もっとも黄課長は受賞について「歴史の浅い会社ですから、皆様からアドバイスを頂き、さらに研究を重ねていかなければなりません」と語りながらも、品質については「スコットランドから技術者を招いてコツコツとウイスキーづくりに取り組んできました。『ウイスキーの揺りかご』といわれる樽(たる)に関しては職人自ら手を入れ、熟成に関わる湿度や温度などについてもしっかり管理し、最高のウイスキーを皆様に提供できるようにしています」と自信ありげに語る。日本でのサントリーやニッカといったウイスキーメーカーに続いてアジアからもう一つ名産ウイスキーメーカーが世界に向かって産声を上げた。

 台湾では今、カバランのように新しい分野に挑戦する企業が続出している。例えば環境分野では、興采實業(SINGTEX)がある。コーヒーをろ過した後の粕(かす)を利用して繊維をつくる紡績(テキスタイル)メーカーだが、この会社は今世界中から注目を集めている。そもそもコーヒーの残りかすに着目して繊維をつくるという発想が面白い。商品化に向けたきっかけは次のようだった。

 同社の陳國欽(ジェイソン・チェン)董事長がコンサートの帰り夫人と一緒に喫茶店でコーヒーを飲んでいたところ、ランニングで汗をかいた客が入ってきた。それを見て夫人が、「コーヒーは脱臭効果があるので、コーヒーを材料にしたウェアがあれば臭いがとれていいのに」と発した一言にヒントを得たという。もっとも、発想から製品化までには4年の歳月をかけた。「途中で諦めようと思ったことが何度もあった」というが、08年に製品化にこぎ着けた。同社が手掛ける繊維は臭いの元となる物質を分解する効果を持つコーヒーの脱臭性と同時に、速乾性や紫外線カット機能といった特徴を備える。同年末には仏アウトドアブランドのアイダ―社と提携して吸汗拡散の機能性ウェアを発表、製品コンセプトが市場に広く受け入れられた。現在同社はスポーツウエアやアウトドアなどで有名なナイキやアディダス、ザ・ノース・フェイス、あるいは下着のヴィクトリアズ・シークレットなどを顧客としている。同社はさらには、エコ、健康といった理念を推し進めている。「まさにゴミから黄金を産み出した」ことになる。同社は昨年、台湾の株式市場で上場を果たすとともに、台湾経済部が主催した国際競争力を持つ中小企業を対象にした「第1回中堅企業サポート対象者」に選定されている。同社は先代の事業を引き継ぎ、布団の製造販売を手掛けていた。それが機能性繊維メーカーとして成功した背景には、陳董事長がかねてより新分野での事業開拓に生き残りを賭けた切実な意思と意欲があったことは言うまでもない。

 ところで台北市内には快適な文化的空間が幾つかある。その一つが中心街にある「誠品書店」。24時間オープンの書店で2階フロアがすべて書店で占められ、他のフロアには音楽専門ショップや喫茶室が入り、現代的な店舗が並ぶ。洒落たショップからなる誠品ビルは台北に住む若者にとってファッション・情報・音楽の最先端情報発信基地となっている。

 台湾は今、こうしたハイセンスの文化芸術空間が至る所で展開されているが、それらを研究開発・普及啓蒙(けいもう)しているのが、台湾デザインセンターなどの官主導(台湾政府経済部)の研究センターである。台北市の中心部にある同センターおよび松山カルチャー&クリエイティブパークは、台湾に在住するデザイナーや若手クリエイターの作品を展示すると同時に、新しい人材を発掘することを主眼にしている。そこにはアート的な作品から商品のパッケージデザイン、あるいは日常的な小物のデザイン、さらにはキャラクターデザインなどが小奇麗に並ぶ。台湾政府は2004年に、日本統治時代の煙草工場の跡地に同センターをオープンさせ、クリエイティブ産業の強化を図ってきた。今では、定期的にデザインに関わる国際展示や会議・イベントを繰り広げ国内外から名実ともに高い評価を受けている。 同センター広報PRコーディネーターの洪國耕氏は、「製品のデザインを工夫することで日常のライフスタイルが大きく変わります。国内だけでなく海外の作品やデザイナーを招き、より重層的な空間をつくっていく。それによって台湾市場だけでなく、ここから中国、タイやシンガポール、東南アジアなどの中華圏に発信していきたい」と語る。中華圏市場におけるクリエイティブ産業の主導権を得たいとの思惑が見えてくる。

 20世紀は“戦争”の世紀。21世紀は“心、魂、感性による平和”の世紀と思われたが、いまだに世界各地ではハードパワーに由来する紛争や戦争が続く。しかしながらハードパワーによる覇権の時代はいずれ終焉(しゅうえん)を迎えることは必至。何よりも高度な社会的価値観や伝統・芸能など文化的価値観、創造芸術といったソフトパワーが外交的に有利に働くとされている。そういう意味で台湾は今、明らかにアジア、世界に向けて存在感を発揮しつつあると言えよう。

台湾文化部 陳永豊・政務次長

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 文化部は2012年5月の中央省庁の組織再編の際にそれまでの文化建設委員会から昇格しました。政府組織内で分散していた文化関連事業を統合し、より台湾の文化的国力をアップさせ、広く国内外に発信することが任務として与えられました。

 業務としては、旧文化委員会が担当してきた文化遺産、クリエイティブ産業、文化交流業務等の他に、行政院新聞局の流行音楽産業、映画、テレビ放送業務、さらに教育部が所轄の国立歴史博物館など広範囲にわたってソフトパワーに関わる政策を遂行しています。というのも、台湾は国土が広いわけではありませんし、人口も少ない。また、鉱物資源に恵まれた国でもないのです。そうした中で唯一誇りうるものとすれば“頭脳”に頼らざるを得ません。

 一方、台湾の強みは何と言っても自由度の高さとオープンマインドでしょう。自由が保障され、若者は遺憾なく創造力を発揮することができます。

 ちなみに、ドイツ・デザインアードの「reddot」の受賞者数(11年)が、ドイツに次いで多く取得しています。そうしたクリエイティブ能力の高さほどソフトパワーの原動力になると考えています。特に近年、文化部が力を注いでいるのがミュージック、映画産業の振興です。これに関しては学校教育の中に取り組んでいくことも考えています。

 最近、映画では韓国や香港が一歩先んじていますが、台湾政府としても今後若手監督を育成するために補助金を交付することも考えています。また、海外から映画制作のために台湾をロケ地として訪れる際は、中央政府はもとより地方政府も歓迎し協力体制を取っていく方針です。

 一方、日本と台湾はこれまで緊密な関係を保ってきました。日本を訪れる観光客も多く年々増加しています。今年6月12日には東京・虎ノ門に台湾文化センターがオープンしました。両国の絆を深めるためにもさらなる文化交流を進めていきたいと考えています。