比政府とMILF、和平実現に暗雲も
銃撃戦で警官44人死亡
高まるMILFへの不信
フィリピン南部を拠点とするイスラム反政府組織、モロ・イスラム解放戦線(MILF)と警察の特殊部隊が交戦し44人の警官が死亡した事件で、政府とMILFの和平交渉への影響が懸念されている。アキノ大統領は緊急演説を行い、和平実現の重要性を強調し、国民に理解を求めたが、国会議員の間でMILFへの不信が高まるなど、和平プロセスの遅延は避けられそうにない状況だ。(マニラ・福島純一)
戦闘が起きたのはミンダナオ島のマギンダナオ州で、1月25日未明にイスラム過激派に所属する2人のテロリストの捜索中だった国家警察の特殊部隊(SAF)が、イスラム過激派のバンサモロ自由戦士(BIFF)と遭遇した際に、誤ってMILFの支配領域に侵入し銃撃戦になったとみられている。この戦闘で44人の警官が死亡し、新イスラム自治区の創設を軸とする政府とMILFの包括和平の合意後、最悪の交戦となった。特殊部隊が追っていたテロリストの1人は、戦闘で死亡したとみられている。
警察などがMILFの支配領域で捜索などを行う場合、事前に通告する決まりとなっているが、特殊部隊側がこのような調整を怠っていたことが分かっており、部隊長は事件の後に解任された。また国家警察の上層部にも捜索に関して、報告していなかったことも分かっている。
MILF和平交渉団のイクバル氏は、「不幸で悲しい事件」としながらも、戦闘は特殊部隊が合意に基づいた規則に従わずに起きたと指摘し、原因はあくまでも警察側にあると非難。特殊部隊への攻撃を正当化した。
警察がMILFと調整を行わなかったことに関して、元警察幹部の下院議員は現地メディアに対し、「過去に調整を行った結果、多くの捜査が侵害された」と指摘し、警察内部にMILFへの不信があることを明らかにした。
今回の事件で政府が最も危惧しているのが、最終局面を迎えている和平交渉への影響だ。そのため政府は、警察側の甚大な犠牲にもかかわらず、MILF側への非難を最小限にとどめている。もし和平が実現すれば、アキノ政権にとって最も大きな功績になることは間違いなく、任期終了が来年に迫っているこの時期に、和平交渉を停滞させるわけにはいかないというのが本音だ。
アキノ大統領は事件後に緊急演説を行い、警察が追っていた2人の容疑者が悪名高いテロリストだったと指摘し、特殊部隊の作戦が必要だったことを強調する一方、警察とMILFの調整不足が戦闘を招いたと指摘。その上で、「この悲劇を利用して和平を頓挫させるべきではない」と述べ、議会にバンサモロ基本法案の審議を中断しないよう求めた。MILFに関しては、まだ事件の全容が解明されていないとして批判を避け、警官の殺害に関与した人物の特定を求めるにとどまった。
しかし、既に議会からは、MILFへの強い不信を表明する議員も出てきている。マルコス上院議員は、警官に対する攻撃を「虐殺」と表現した上で、「このような暴力の脅威があるうちは和平を進めることはできない」とMILFを非難。自身が委員長を務めるバンサモロ関連の審議の無期限延期を決定した。またドリロン上院議長も、バンサモロの創設が遅れる可能性に懸念を示した。
死亡した警官の遺族からは、MILF側への公平な裁きを求める声が高まっている。しかし、戦闘に関与した構成員の逮捕などの処分に踏み切った場合、MILF側の反発は必至で、新たな戦闘を生む可能性もあり、政府は和平と正義の間で難しい判断を求められることになりそうだ。
一方、30日に予定されていたマレーシアでの政府とMILFの和平交渉は無事に行われ、武装解除などに関する内容で合意に達した。